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心と社会 No.107 33巻1号
巻頭言

 現代社会の多様化と一人一人の心の尊重

浅井昌弘   日本橋学館大学人文経営学部

 21世紀初頭になって現今の社会的状況は急速に変化しつつある。医療に関することでも、一方では、科学技術の進展により、コンピュータ等による医療情報の活用や画像診療の革新、分子生物学や内分泌免疫学の成果を応用した新薬治療の開発、細胞培養の進歩や内視鏡・ミクロの手術操作による生殖医療の変革などと枚挙にいとまが無い。また一方では、医療倫理や医療経済に関連する人間の生と死の様相の変化、また医療事故や保険制度などの事柄が、種々の形で切実な問題となっている。さらには、精神保健・精神医療に関連する社会的現象として、人口の高齢・少子化が進み、種々の世代で種々の場面での暴力的傾向や自傷・自殺、拒食・過食なども多くなっている。

 このような世の中にあって、精神保健福祉のあり方も色々な面で変革しつつある。精神障害の治療も、入院から外来重視の傾向になり、デイ・ナイトケアや訪問診療を含む地域医療が進められ、薬物療法だけではなく広義の精神療法・社会療法が促進されている。精神障害への偏見解消の努力が積み重ねられて、病名についても「うつ病、摂食障害、PTSDなど」は精神医学の専門用語というよりは新聞などでの日常語のようにもなっている。 

 しかし、上述のように世情が複雑で大きな変化があり、予測困難な突発事故や事件が多発する現状では、誰もが不安や憂うつになり易いのは無理も無いことである。しかも、一人一人の生き方や考え方は種々様々であって、価値観も多様化していることに注目する必要がある。こういった状況において、精神医療に従事するわれわれは日々の仕事の中で、実際にどのように対応して行ったら良いのであろうか。

 「心と社会」という本誌の名称を今一度ここで考えてみることにしたい。心は普通は一人一人の精神面のことであって、個性的な意味が強い。「心を合わせて」という場合にも、色々な考え方や気持ちの違いはあるでしょうが、それを乗り越えて一致協力しましょう、ということであろう。本会の目指すところは、「心(こころ)」の健康の保持と増進、および「心」の病の予防と治療を、「社会との関連」において推進することであろう。

 「心」という場合には、一人一人の人間の心のあり方が尊重される必要がある。つまり、一人一人の人間が生まれてから現在に至るまでの人生を歩んで来た、その人にとって個性的なかけがえの無い生活史を持って、今ここに生きている「心」を大切にして、精神医療が実践されなければならない。その一方で、「社会」は沢山の人々が種々の形で集まって成り立っているものである。したがって、ある人の個性が尊重されるべき「心」と、集団としての複雑な特性を持つ「社会」との間で、どのように適切な折り合いを求め得るのかが重要な課題になる。心の悩みの多くの場合には、対人関係のことが問題になっている訳である。対人関係についてのストレスは、家庭でも学校でも職場でも地域でも、種々の形で心の悩みにも喜びにも関係し得るのである。精神医療に従事する私達はこの様な事情を再認識することが必要であろう。

 精神医療や精神保健福祉に関連する人達には、色々な専門職種もあるし、患者さんや家族を含めて、非常に幅の広い分野の人々が係わりを持っている。それらの人達自身も皆が一人一人の個人であって、それぞれの生き方や考え方や価値観が尊重されねばならない。以上のように考えてくると、「心と社会」というのは誠に意味の深い言葉だと思うのである。われわれはそれぞれの多様な生き方の中で、それぞれの持ち場で分担して出来るだけ得意なことを活かしながら何かをするようにして、皆で可能な協力をして連携を保って行きたいものである。


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