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心と社会 No.176 2019
巻頭言

メンタルヘルス・リカバリーの未来

藤井達也
泉地域精神保健福祉研究所

 2012年度から科研費「精神障害者の開かれた共生コミュニティ形成の伊米比較調査」を開始した。2013年秋にニューヨーク近郊の事例調査、ヴェローナ事例調査をし、トリエステの国際ミーティングに参加して帰国直後に、急性心不全で救急入院した。ICUで苦しみ、CCUでも点滴で呆然としていた。理学療法士さんがリハビリテーションに取り組まないと、職場復帰が困難になると助言してくれた。目標を持ち、リハビリに勤しみ、教育の仕事に戻れた。しかし、調査のまとめに苦労した。慢性病患者となり、リカバリーは切実な課題となった。

 この調査では、世界の精神科リハビリテーションの動向に自分のテーマを位置づけて検討する意図もあったので、2012年秋にトリエステでの国際ミーティング(以後3年連続)や第11回心理社会的リハビリテーション世界会議(ミラノ開催)にも参加していた。

 世界会議のテーマは、「考え方を変え、実践を変え、サービスを変える」であった。考え方の変更で、リカバリーは重要な検討課題となった。障害者権利条約も取り上げられた。オープン・ダイアローグやトリアローグ(当事者と家族・友人等と専門職が対等な関係で話し合う)も報告された。人権を尊重する地域中心のサービス提供への改革とリカバリーへの改革が、並立で課題となっていた。

 2015年秋に、第12回心理社会的リハビリテーション世界会議は、ソウルで開催された。大会テーマは、「伝統を超えてケアの新たなパラダイムを創造する」であった。新たなパラダイムとして、リカバリーは重視された。しかし、アジア諸国では、精神医療サービスを人々に提供する課題や人権問題もあった。ミカエラ・アメーリングは、「リカバリーと人権」という題で報告し、前会議に引き続きトリアローグを取り上げた。精神病者の人権を尊重してリカバリーに取り組むために、当事者と家族・友人等も専門職と対等に話し合うことが、人権基盤のアプローチに必要だと主張していた。

 病気を抱えて自信を失った私は、昨年春、上智大学を定年退職した。それで思い切って、昨年6月下旬トリエステでのバザーリア法40周年記念ミーティング「民主主義とコミュニティ・メンタル・ヘルス・ケア」と7月上旬マドリードで開催された第13回心理社会的リハビリテーション世界会議「リカバリー、市民権、人権、(この学会の)合意の再検討」に参加してきた。

 トリエステの会議には、オープン・ダイアローグのヤーコ・セイックラも参加していた。オランダの当事者の参加もあり、「私達のことは私達抜きで決めるな」という障害者運動の主張の重要性を考えた。トリエステでは、バザーリアの伝統を新しい実践につなげようとしていた。人権尊重の価値に根ざし、脱施設化してコミュニティ・メンタル・ヘルス・ケアの実践とシステムを今も創造している歴史は貴重である。

 世界会議では、ラリー・ダビッドソンが初日のプログラムで、「リカバリーに未来はあるか」という講演を行った。彼は、現象学的アプローチによる質的研究で、多くの精神病者にインタビューをし、『精神病の外で生きる』を2003年に出版していた。私は、2004年にその著書等を読んで、リカバリーについても書いた(『精神障害者生活支援研究』学文社)。そのダビッドソンが、「パーソナル・リカバリー概念が新自由主義に利用されている(精神病者個人の責任でのリカバリーだからと予算を縮小される等)」、「市民権が先で、リカバリーした報償として市民権が与えられるのではない」、「パーソナル・リカバリーの社会的条件を保障すること」等と語っていた。

 すでに日本でも、リカバリーの諸概念は検討されてきた歴史がある。アメリカのリカバリー概念を批判して、人権を尊重する社会的リカバリー概念を国の政策としたニュージーランドの紹介等もあった。しかしながら、日本では利用者中心のパーソナル・リカバリーと専門家主導の臨床的リカバリーが、並立で多く説明されてきた。

 最近の日本の文献をよく読み直すと、アメリカの当事者運動が主張したパーソナル・リカバリーの最重要性を指摘する文献が増えてきた。日本へのリカバリー概念導入に貢献された故野中猛先生は、『心の病 回復への道』(2012年、岩波新書)で、病気がなくなる「結果(アウトカム)」としてのリカバリーと、パトリシア・ディーガンの「過程」としてのリカバリーの定義を紹介した。「リカバリーは過程であり、生き方であり、構えであり、日々の挑戦の仕方である。(中略)求めるのは、地域のなかで暮らし、働き、愛し、そこで自分が重要な貢献をすることである」(同書182-3頁)。さらに、第三の意味として専門職等の「視点(ビジョン)」としてのリカバリーを紹介し、既存の視点からの脱却を主張した。ストレングスモデルを開発したチャールズ・ラップの「社会における支配力および社会で確立しているケアの仕組みとの闘い」という言葉も引用した。ラップは、リカバリーを阻害するベルリンの壁として、メンタリズム(精神障害者の大抵の行動を精神病の所為と[差別的に]見て説明する傾向)、貧困、恐怖感、専門家による実践、メンタルヘルスサービス制度の構造の問題を指摘してきた。

 ダビッドソンは、講演の翌日、ワークショップ「リカバリー志向実践の基本」で、より具体的に話した。ここでは、蓄積されてきたリカバリー研究の知見を日常生活の実践に具体的に活用するリカバリー志向実践について話した。「権利の保護と尊重が必要。人として地域生活をする。人がリカバリーする。(患者から)人にするのではない。支援と機会への接触を助ける。希望、夢、アスピレーション。治療やリハビリテーションをするのとは違う。コミュニティにおける生活が先」等と説明し、原則を提示した。「(前略)原則2、リカバリーは、ケア、リハ、治療への参加を言うのではない。地域生活、愛、仕事、遊び、家、信仰、所属など。(後略)」。彼は、国際的なパーソナル・リカバリーの研究ネットワークの中でも研究を蓄積し、コネチカット州でリカバリー志向実践を積み重ね、その実践を改革してきた。

 2010年に、後藤雅博先生は、当事者が生きる〈リカバリー〉と専門家等が用いる〈リカバリー概念〉を分けて説明し、「脱施設化とノーマライゼーション、権利擁護、EBPが十分でない日本」で、「専門家がリカバリーを要求する危険性」を指摘した。それから約10年経過した今、「入院医療中心から地域生活中心へ」と少し動きだした日本で、パーソナル・リカバリーに向けて、当事者中心で、家族・友人等とともに専門職が協働生産(コ・プロダクション)することが始まっている。

 先進国では、パーソナル・リカバリーの調査研究の蓄積や当事者グループとの話し合いに基づくリカバリー志向の政策、実践プログラムと実践方法、組織の改革方法等が示され、実践されつつある。時間はかかるが、日本でも文化と文脈を検討し、抑圧的環境に働きかけながら、さらにリカバリー志向実践を展開していく必要がある。

 40年以上前に、2人の兄が精神病者となった。私は模索しながら、兄たちの希望を尊重し、話し合いを重ね、リスクを覚悟してともに生きる道を歩んできた。故谷中輝雄先生が主張した「ごくあたりまえの生活の実現」に共鳴し、精神障害者福祉の世界に飛び込んだ。日本のPSWは、「社会的復権」を目指し、個別性と関係性を重視し、実践に取り組んだ。今、それらをリカバリーの未来へつなげる時がきた。マイク・スレイドらは、リカバリー支援の4実践領域を示した。「市民権を推進すること、組織的関与、個別に定義されたリカバリーを支援すること、そして働く関係性」である。価値に根ざし、科学と経験を活用し、未来を協働創造したい。そして、メンタルヘルス・リカバリーは、他のリカバリー支援との共通性を解明し、活用する未来もある。

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