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こころの健康シリーズVI 格差社会とメンタルヘルス

11 女性の貧困とメンタルヘルス

立命館大学産業社会学部
丸山里美

 

見えにくい女性の貧困

 しかし女性の貧困を理解するためには、こうした母子世帯や単身女性の深刻な貧困を見るだけでは十分ではない。女性の貧困は、実態が見えにくいということが特徴であるといわれており、その点についても考えていく必要があるだろう。

 女性の貧困の見えにくさを示す例のひとつとして、女性のホームレスが少ないことがあげられる。男性と比較して女性はより貧困に陥りやすいが、街で見かける野宿者のうち、女性はわずか4.2%にすぎないx。女性は貧困に陥りやすいにもかかわらず、なぜホームレスの女性が少ないのだろうか。

 そのもっとも大きな理由として、女性が世帯主の世帯がそもそも形成されにくいということがある。日本は、他の先進諸国で見られるような「貧困の女性化」(貧困世帯のなかで女性が世帯主の世帯が多数を占めること)が見られない「特殊なケース」だといわれており、このことをジューン・アクシンは、「日本の女性は貧困の女性化を達成するほど自立していない」と、皮肉な形で述べているxi。つまり日本では、女性の経済的・社会的地位が低いために、女性が父親や夫の扶養を離れて独立した世帯を営むことがそもそも難しく、たとえ夫の暴力に苦しんでいたとしても、貧困になることを恐れて、なかなかそこから逃れることができないのである。このことが皮肉にも、女性がホームレスになることを防いでいる。

女性は貧困にすらなれない?

 このように、貧困になることを恐れて家から出られないのであれば、女性の貧困を把握するにあたって、「世帯」という概念に注意する必要があることが見えてくる。

 現在、貧困を把握する際の単位として、世帯が用いられるのが一般的である。たとえば貧困を示す指標としてしばしば用いられる「貧困率」は、「世帯の可処分所得を世帯人数の平方根で割った中央値の50%(貧困線)に達しない世帯員の割合」と、日本政府は定義している。このとき、世帯のメンバーのあいだで所得が均等に配分されているという暗黙の前提がある。つまり、子どもや専業主婦など自分自身の収入がない人も含めて、世帯の合計所得を、世帯メンバーで平等にわけあっていることが想定されているのである。冒頭で示した男女別の貧困率は、実はこのようにして算出した数値である。

 しかし実際には、夫が高収入を得ていても妻には限られた生活費しか渡さず、妻と子どもは貧困ともいうこともありうるし、離婚や別居をすればたちまち貧困に陥るという女性は少なくない。しかしそうした状態は、世帯を単位に貧困を把握している限り、とらえることができない。つまり、女性の多くは夫や父親など男性稼ぎ主のもとを離れてはじめてその貧困が顕在化するが、同時に家から出られず、「貧困にすらなれない」ような女性も世帯のなかに多く存在するのである。そしてこのような、家から出たくとも出られない女性たちが抱える生きづらさや選択肢の少なさは、女性たちに大きなストレスをもたらしているだろう。

 世帯のなかにいるこのような女性たちの抱える困難は、母子世帯や単身女性たちの貧困と同じジェンダー構造を背景にする、地続きの問題だと考えられる。女性の貧困、とくにそのメンタルヘルスに着目するとき、世帯のなかに隠れて見えにくい女性の貧困のあり方にも、目を向けていく必要があるだろう。

 

4.もやいの女性相談者から見えるメンタルヘルスの問題/おわりに

1.はじめに/なぜ女性は貧困なのか
2.どんな女性が貧困に陥りやすいか
3.見えにくい女性の貧困/女性は貧困にすらなれない?
4.もやいの女性相談者から見えるメンタルヘルスの問題/おわりに

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