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こころの健康シリーズVI 格差社会とメンタルヘルス

11 女性の貧困とメンタルヘルス

立命館大学産業社会学部
丸山里美

 

もやいの女性相談者から見えるメンタルヘルスの問題

 つぎに女性の貧困の特徴を、私が分析にあたった生活困窮者の支援団体であるNPO法人自立生活センター・もやいの相談ケースの調査から見ていきたいxii。もやいは、2001年に東京で設立された団体で、生活困窮者に賃貸住宅の保証人を提供する活動をしていたが、しだいに生活困窮者から生活の相談も持ち込まれるようになった。本調査はこのうち、2004年から2011年7月までの間に生活の相談に訪れた2305ケースの相談票を分析したものである。調査結果全体についてはもやいHPを参照いただくとしてxiii、特に相談者のメンタルヘルスがうかがわれるところと、メンタルヘルスの問題を抱える典型的な女性の相談事例を見ていきたい。なお事例については、個人が特定されないよう、若干の改変を加えている。

 相談者の健康状態は、男女で明確に違いが見られる項目であった。男性の相談者は身体的な不調を訴える人が57.2%、精神的な不調を訴える人が20.5%、健康状態に問題がないという人が23.9%であったのに対して、女性は身体的な不調を訴える人が42.0%、精神的な不調を訴える人が52.2%、健康状態に問題がないという人は5.8%だった。女性は男性と比べて、全体的に健康状態が悪い人が多く、なかでも精神的な不調を訴える人が多いことが目立つ。精神的不調の内訳は、うつが圧倒的に多く、次いでパニック障害、統合失調症の順だった。また年代が若くなればなるほど精神的不調を訴える人が多く、34歳以下の女性では、64.9%が精神的な不調を抱えていたのも特徴的だった。

 さらに女性の相談の特徴として、幼少期に虐待された、家庭内で暴力を受けているなど、暴力被害の経験を話す人が男性と比べてかなり多いことがあった。女性の貧困と暴力は密接な関係にあり、このことが女性のメンタルヘルスの悪化に結びついていることがうかがわれる。

 Aさんは27歳で、家族と同居している。高校中退後、コールセンターでアルバイトをするが、上司からの嫌がらせにあい、仕事に行くのがこわくなる。病院ではうつと診断され、現在でも電話の音を聞くだけで呼吸が苦しくなる。その後、体調が整わず仕事を続けることが難しくなり、職を転々とするが、親は病気に理解がなく、「怠けるな、働け」という。実家から出て生活保護を受給したいと、もやいに相談をしてきた。Aさんのように、職場環境の悪さや職場の人間関係によって精神的なバランスを崩したというケースや、親との折り合いが悪く、実家にいると精神状態が悪化するため、家を出たいという相談が、典型的なものの一つであった。

 Bさんは19歳。ものごころついたときから父は行方不明、母には精神疾患があって、実家は生活保護を受けていた。母が養育できないため、4歳から叔母の家に引き取られるが、そこで虐待を受ける。中学卒業後、家を出てアルバイトを転々とし、現在は男性の友人宅に居候している。精神状態が悪く、一定の時間に出勤することができないため、最近は出会い系サイトで知り合った人と売春をして現金収入を得ている。このBさんのように、親から虐待を受けていた、親に精神疾患があったなど、困難を抱える家庭に育ったため、問題に直面しても、実家を頼れないという相談が、特に若い女性には少なくなかった。また、精神疾患を抱えた若い女性が、昼間に働くことが難しいため、風俗で働いているというケースも散見された。

 Cさんは32歳。夫と二子(7歳・3歳)と暮らしていたが、夫がギャンブルで300万円の借金をつくる。ショックで倒れ、うつを発症。離婚を前提に単身で家を出て、生活保護受給中の母のもとへ。子どもは義姉が世話をしている。夫から生活費の支払いはない。離婚調停中で、いずれは子どもを養育したいと希望している。本人も生活保護を申請しようとしたが、扶養義務者がいるという理由で受理されず。現在、母の保護費で二人で生活しているが、医療費もかさむため限界にきている。このCさんは、夫から経済的なDVを受けているといっていいだろう。さらに婚姻生活は破綻していても、離婚が成立していないため、単身での生活保護受給を認められていない。これは、世帯を単位に貧困を把握していることで、女性が貧困であるとはみなされなかったケースであった。

 Dさんは54歳。23歳と21歳の息子がいる。DVが原因で10年前に離婚し、パニック障害をわずらう。離婚後、生活保護を受けたり、登録派遣で働いてきた。しかし数ヶ月前より失業、年齢のわりに特化したスキルがなく、仕事が見つからなくなってきている。現在、家賃を2ヶ月分滞納中。息子2人は高校卒業後、家を出ていた。工場で働いていた長男は、震災で仕事を失い、うつになってゴミの中で生活していたため、1週間前にDさんが引き取って同居。Dさんも体調が悪化していて、自殺願望もあり、長男の面倒は見られない。このDさんのように、家族からの暴力により、うつや解離性障害、PTSDなどにその後も長く苦しむ女性は少なくなかった。また、母子世帯で育てた子どもが成人しても、精神的に苦しい状態にあり、親と成人した子で困窮しているという相談も見られた。

おわりに

 現在、安倍政権は、女性活躍や一億総活躍を政策目標にかかげている。一部のキャリア女性は、こうした政策によって社会進出の道が拓けていくであろうが、その恩恵を受けられない女性たちも少なくない。貧困のなかにある女性たち、そして今は貧困ではなくても選択肢の少ない状態に置かれている「貧困にもなれない」ような状態は、女性たちのメンタルヘルスに大きく影響を及ぼしているだろう。こうした女性たちの生きづらさをとらえるためには、経済的なものにとどまらない新しい貧困概念が必要になっているのかもしれない。

  • 朝日新聞 2011.12.9 朝刊。
  • 内閣府男女共同参画局(2010)『生活困難を抱える男女に関する検討会報告書』。
  • 総務省(2014)『労働力調査』。
  • 厚生労働省(2012)『賃金構造基本調査』。
  • 厚生労働省(2012)『平成23年度全国母子世帯等調査結果報告』。
  • 総務省統計局(2015)『労働力調査詳細集計』。
  • 国税庁(2015)『平成25年分民間給与実態統計調査結果について』。
  • 鈴木大介(2014)『最貧困女子』幻冬舎、仁藤夢乃(2014)『女子高生の裏社会──「関係性の貧困」に生きる少女たち』光文社など。
  • 荻上チキ(2012)『彼女たちの売春──社会からの斥力、出会い系の引力』扶桑社。
  • 厚生労働省(2014)『ホームレスの実態に関する全国調査(概数調査)結果』。
  • Axinn,June(1990)“Japan: A Special Case”, Gertrude Schaffner Gordberg and Eleanor Kremen eds., The Feminization of Poverty: Only in America?, New York: Praeger Publishers.
  • 特定非営利法人自立生活サポートセンター・もやい(2014)『もやい生活相談データ分析報告書』。
    なお、もやいの相談者は必ずしも貧困であるとは限らない点、本調査は相談内容の記録の分析であり、相談で言及されなければ数がカウントされていないという点には注意が必要である。
  • http://www.npomoyai.or.jp/20140907/785

 

1.はじめに/なぜ女性は貧困なのか
2.どんな女性が貧困に陥りやすいか
3.見えにくい女性の貧困/女性は貧困にすらなれない?
4.もやいの女性相談者から見えるメンタルヘルスの問題/おわりに

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