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こころの健康シリーズVI 格差社会とメンタルヘルス

2 過重債務者問題と心理臨床

過重債務者問題研究会 主宰 松井正人


過重債務者の問題

 このように、貸金業法も整備され、消費者庁の発足で一般の消費者が安心して消費生活を営めるような基盤は整備された。多くの有識者はこれで過重債務の問題は解決すると考えていた。東日本大震災でも、金融庁の規制と業者側の自制が効いたのか、阪神淡路大震災の時のような借金バブルが起きなかったことは良い傾向であった。しかし、現実にはもっと複雑な事情が隠れていたのだ。藤田孝典先生が「生活困窮者支援とメンタルヘルス」4で言及されているように、ギャンブル依存症、薬物依存症や、そもそも知的障害を持つ方が普段は見過ごされていて、買い物やクレジットカードの契約には一見問題ないようでも、お金の問題を本人だけでは解決できない人たちがいることが明らかになったのである。心理臨床家などからの専門的なケアが必要な過重債務者たちだ。
 政府も最近になってやっとこの問題に気づいた。平成22年3月26日に金融庁で開催された第15回多重債務者対策本部有識者会議5において、「賃金業制度に関するプロジェクトチーム座長試案」に対してある委員が、「多重債務に陥る原因とか、その再生がうまくいかない原因の中に、うつ病等の精神病や各種依存症がある。そういう人たちは自己チェックなどできないので、そういうことに対する手だてが書かれていないのは不安に思う」と指摘したところ、金融庁からは、「心理的なカウンセリングを含めた研修プログラムができないか、今後消費者庁と協働して検討していきたい」と回答している。さらに平成24年9月27日の第一回多重債務問題及び消費者向け金融等に関する懇談会6では、委員から、「臨床心理士のような専門知識を持ち、適切に精神科医と連携のとれているカウンセラーにも簡単にアクセスできるように促す必要があるのではないかと考えている」や「メンタルヘルスの問題等を抱えているために、支援策を講じてもそこにアクセスをしようとしない。アクセスすることができないという問題がある」という問題が提起された。これらを受け、平成24年12月6日の第二回懇談会7において政府としての基本認識などが確認されたのである。(資料2)

(資料2)
前回会合(平成24年9月27日)における民間委員からの主な指摘
1.基本認識
○ 多重債務相談の件数は減少しているが、未だに多重債務者数は多く、引き続き対策に取り組んでいく必要。
○ 多重債務者は、借金以外にも家庭やメンタルヘルスの問題を伴っている可能性があり、対策を効果的に進める上では、関係部門等の連携が非常に重要。
2.相談窓口等の支援体制のあり方
○ 多重債務相談の前線に立っている自治体等の窓口における対応状況や、関係部門等との連携の実態等を聴取の上、検討を行うべき。
○ 支援策を講じても、そこにアクセスしようとしない、又はアクセスできない人達への対応を検討していく必要。
○ 多重債務者が債務整理を行うだけでは本質的な解決にならず、家計管理の指導や、依存症等の心の問題に対応しうる専門家に、より容易にアクセスできるようにすべき。
○ 窓口で相談を行うのみならず、生活再建のための貸付け等の支援を行うことを通じて、相談者の窓口への誘導が可能となる。

 このような中、日本貸金業協会8も平成22年10月1日に裁判外の紛争解決機関(ADR:Alternative Dispute Resolution)を立ち上げ、貸金業に関するトラブルの解決を支援するとともに、相談センターの中には家計管理や心理臨床の専門家を常駐させギャンブル依存や浪費の問題解決を支援する生活再建カウンセリングを実施するようになったのである。

お金の問題は必ず解決できる

 役所を含めた多くの相談機関で「お金の問題は必ず解決できる」と呼びかけている。さまざまな制度や法律が整備され、借金のために命をかける必要は全くないからである。是非、お金の問題を抱えるクライアントを担当している心理臨床家の皆様は、各種の専門機関と連携して過重債務者問題の解決に尽力していただきたい。前述の(社)全国労働金庫協会発行のマネートラブルにかつ!3には、「借金は借り手と貸し手の関係です。借り手がいなくなると借金は成立しません」「消費者・借り手の立場が保護されないと、社会は疲弊していくでしょう」とも言及されている。過重債務者がいつでも気楽に心理臨床家を訪問することができ、お金の問題くらいで大切な命を犠牲にすることがないような明るい未来が訪れることを期待したい。

 

  1. 主に多重債務問題に対応するため「参入規制」「金利規制」を強化し「総量規制」を盛り込んだ改正貸金業法が平成18年12月に国会で成立し、平成22年6月までに段階的に施行され、平成25年現在、完全施行されている。
  2. http://www.fsa.go.jp/policy/kashikin/04.pdf
  3. マネートラブルにかつ!改訂第3版、セーフティーでいこう!消費者の自立を支援するために (社)全国労働金庫協会発行 勝又長生監修 2005年1月発行 2010年6月改定
  4. こころの健康シリーズY 格差社会とメンタルヘルス No.1生活困窮者支援とメンタルヘルス-NPO法人ほっとプラスへの相談事例から考察する- NPO法人ほっとプラス代表理事 藤田孝典 公益財団法人日本精神衛生会 平成25年6月発行
  5. http://www.fsa.go.jp/singi/tajusaimu/gijiroku/20100326.pdf
  6. http://www.kantei.go.jp/jp/singi/saimu/kondankai.html
  7. http://www.kantei.go.jp/jp/singi/saimu/kondankai/dai02/siryou3.pdf
  8. http://www.j-fsa.or.jp/personal/index.php

 

1.はじめに/過重債務者問題とは/借金は悪なのか
2.サラ金問題/平成のサラ金問題
3.貸金業法の改正と闇金規制の強化/消費者庁の発足
4.過重債務者の問題/お金の問題は必ず解決できる

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