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こころの健康シリーズVI 格差社会とメンタルヘルス

3 非正規労働(ワーキングプア)とメンタルヘルス

NPO法人POSSE 代表  今野晴貴


4、非正規雇用のメンタルヘルスへの対策

・ブラック企業対策

 2013年9月、厚生労働省は「「若者の使い捨て」が疑われる企業」として、「ブラック企業」対策を実施した。この施策においては、「若者の使い捨て」を焦点に据え、過重労働の問題、パワーハラスメントの問題が挙げられており、労働行政として出来うる限りのメニューを提示していたことは評価できる。

 ただし、限界もある。その一つが、労基署だけでは、うつ病の背景となる長時間労働やパワハラについて、対応力が限定的だということだ。労働基準監督官はあくまで、労働基準法を中心とした対策しかできない。長時間労働については、労使間で36協定を締結すれば、労働基準法に違反しないかたちでいくらでも可能になってしまう。また、退職強要やパワハラなどについても、労働基準監督署の管轄外である。

 これらの問題は、労働契約法や民法で扱われる領域であるため、民事裁判を提起するか労働組合・ユニオンに加入して団体交渉を申し入れるなどによって解決するべき事柄だ。メンタルヘルスの問題への対応では特に、こうした民間団体との連携が強く求められる。たとえばブラック企業被害対策弁護団が発足し、2013年11月現在で、170人以上の弁護士が加入している。また、支援団体や研究者などが結集し、「ブラック企業対策プロジェクト」も発足した。民間の支援団体の受け皿の拡充も、行政の施策と同時並行的に進めていく必要がある。

 さらに、労働行政と「医療機関との連携」も必要だ。心療内科をもつ診療機関すべてにパンフレットや通達を送るなどして、60時間以上の残業がある場合等、メンタルヘルス疾患を惹起する「心理的負荷」の労働災害認定上の評価ポイントを周知徹底する。これによって、医師は患者に「労働災害の可能性がありますね」と提示しやすくなるだろう。医師が、あわせて労災制度についても案内すれば、被害者が容易に労働行政につながるようになる。

・正社員改革の在り方

 非正規雇用労働者が無期雇用にステップアップするため、また長時間労働やパワハラが当たり前になっている正社員のあり方じたいを改革するための政策が、限定的正社員などの正社員改革だ。

 限定正社員の特徴は、勤務地や職務、労働時間に契約上の「限定」をかけるというものだ。たとえば、勤務地が限定されている場合には、その地域から企業が撤退した場合には、当該地域を超えた配置転換で雇用を守る義務は、必ずしも負わない(全くなくなるわけではない)。そのかわり、全国的な配置転換などを求める業務命令の権限も、「限定」されるというわけだ。

 2013年に議論された正社員改革の中で、政府や経済界は、「解雇しやすい正社員」として限定正社員を導入するとしている。ただし、こうした新しい類型の契約を結んだとしても、当然現在の法律が適用されるから、「合理的」ではない解雇は認められない。契約の変化によって、変化に伴う合理的な範囲内で、解雇の要件が変わるということだ。

 こうした正社員が増加することは、非正規雇用の待遇改善にとっては極めて有用である。無期雇用になることで現在より雇用が安定する上、無理な配置転換や長時間残業が「限定」によって違法となれば、実質的な退職強要を迫るハラスメントについても問題にしやすくなり、うつ病の抑止にも有効だ。

 もちろん、現在の限定正社員の議論は、本来の趣旨をゆがめ、違法行為を増長してしまう危険に満ちている。限定正社員の導入は、現在の非正規雇用を無期化したり、労働組合が労働協約を締結することで、促進していくべきである。

・セーフティネット

 さらに、日本ではセーフティネットが機能していない。最後のセーフティネットである生活保護における水際作戦をやめさせることと同時に、生活保護基準に達しないことも珍しくはない賃金や、雇用保険の受給額の引き上げが必要だ。また、雇用保険は受給期間も短いので、これも十分なものにする必要がある。生活保護からの中間的就労や、雇用保険の受給後(あるいは雇用保険の受給資格のない者)の求職者支援制度などの制度を充実させることも必要だ。セーフティネットからの追い出しではなく、就労ができるための職業訓練をしっかりと施すように整備すべきだ。

 長時間労働やパワハラが常態化するブラック企業対策をし、正社員のありかたを是正することで「落ちない」ようにすること。そして、セーフティネットを整備して、「上がる」ことができるような仕組みをつくること。これこそが、メンタルヘルス問題対策の必要条件なのである。

 

1.はじめに/非正規雇用の広がりと変化
2.非正規雇用問題の変化とメンタルヘルス問題
3.非正規雇用と生活保護
4.非正規雇用のメンタルヘルスへの対策

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