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こころの健康シリーズVI 格差社会とメンタルヘルス

6 単身者の社会的孤立防止への課題

NPO法人 自立支援センターふるさとの会  
滝脇 憲


今後発展させるべき支援

 以上のことから生活困窮者・生活保護受給者が様々なライフイベント(失業、ADLの低下、病気の発症など)に遭遇した場合に、日常生活の基盤となっている「住まい」や「顔なじみの関係」を喪失することのない(一時的に居所を喪失してしまった場合であってもスムーズにあらたな居住確保のできる)支援体制を構築していく必要性が明らかとなった。また、居住支援と職員による訪問活動だけでは孤立の防止に限界があることから、仲間づくりのための支援と一体に居住支援や生活支援のあり方を模索していくことが重要であると考えられた。

 さらに、全ての年齢層に共通して、重い病気にかかったり、寝たきりなどの状態になってしまった時に心配なことが「ある」と回答している利用者は約半数であり、その内訳で多かった心配ごとの内容は「介護のこと」54.5%、「医療のこと」44.2%、「住まいのこと」37.9%であった。65歳以上75歳未満の利用者の4.6%、75歳以上の利用者の10.9%が「がん(既往を含む)」であることから、がんや難病等の重篤な病気になった場合に備えて、医療、介護も含めて、地域で包括的に支援する体制をつくっていくことが求められた。

事例2 イベントによる仲間づくり

 ふるさとの会では、地域のお祭りなどイベントがある時は、利用者と職員のミーティングを開き、屋台を出すか、出し物は何にするかなど利用者同士で決めることにしている。
ミーティングを通して、材料は誰が買うか、当日作る人、売る人、呼子をする人などさまざまな役割分担が行われる。ある自立援助ホームでは、焼きそばを出店することになった。それは末期がんを患う入居者が、テキヤとして生きてきた人生を語り始めたことがきっかけであった。目指す目標が決まれば、利用者同士の協働作業が動き出す。軽度の知的障害のある入居者が買い出しを担当し、重い身体障害のある入居者は売り子を担当することになった。焼きそばは完売し、拍手で散会した。

おわりに

 「生活困窮者に自助や互助は期待できない」と言われることがある。たしかに互助どころかトラブルに悩む局面は多々あるであろう。自助や互助の力が弱まっているからこそ、社会的に孤立する傾向がある。自殺や孤独死の危険性とも背中合わせである。

 地域で孤立している人たちは、お金がなく、家族の援助が受けられず、高齢で要介護になり、認知症やメンタルヘルスの問題を抱えている人も多い。生育歴を辿れば、高度経済成長期を経てもなお、不安定・低所得から抜け出せなかった層であり、頑張って働いたが家も家族も持つことができなかった。そういう境遇に置かれてきたことで、社会に対する強い不信や、人間関係がうまくいかないという「生きづらさ」を抱えていても不思議ではない。支援職員は、このような関係性づくりの難しさを抱える人と「基本的信頼関係」を築き、「支援の拒否」の中から生活課題を共有し、その課題を利用者との協働作業を通して解決していくことが求められる。

 事例1では、実力行使という「パニック」に陥った時に、支援職員がそばにいて付き合ってくれたという体験が、男性の「基本的な信頼関係」の構築に影響を与えたと考えられる。一緒に音を聞き、騒音元をたずねるという「協働作業」を通して、隣人と顔の見える関係ができ、「音」の意味まで変化した。当初「騒音」として体験された音は、隣人が生活を営んでいることを知らせる「安否確認」の音になったのである。この男性は支援を受けながら女性を支援する立場にも立っているが、関係性の変化の過程には「意味の変容」があり、そこに生活支援の大切な役目がある。

 ところで、事例1はアパートにおける互助関係の形成に向かっているが、支援職員はキーパーソンとして基本的信頼関係を築いたうえで、キーパーソンを別の人物でも担えるように徐々に相対化していかなければならない。社会から排除されやすい人たちの地域生活を支えるためには、支援職員個人ではなく、同じ生活空間を共有している人たち同士の互助関係によって、お互いに支え合えるようにしていく必要があるからである。

 事例2が示唆しているのは、イベントを通した仲間づくりが、がんの終末期には看取りの互助に変化するということである。住まいの確保と生活支援を前提に互助づくりが行われ、地域で孤立せず最期まで支援することが可能になる。

イベントによる仲間づくりは日常のささやかな一コマかもしれないが、単身の生活困窮者は生活の互助が失われやすい。だからこそ、関係性づくりの難しさを抱える人が、自分自身の人生や生活環境、約束(ルール)を、一緒に暮らしている人と一緒に作り上げていく日常の支援が必要である。ミーティングは、公共性(誰もが納得する正しさ)の視点に基づいて話し合われるように工夫することで、お互いの気持ちや事情、人生経験などへの理解が深まる機会になる。それと同時に、自分の気持ちをしっかりと受け止めてもらえたという経験が、「場」に対する信頼感につながっていく。

 従来、制度は制度の外部をつくり、新たな排除を生み出すという矛盾を抱えてきた。生活支援は必要な時に、必要な人に、必要な場所で、必要な支援を行うインフォーマル・サポートである。対価の裏打ちは必要であるが、社会的孤立を防止するためには制度論だけでは限界があり、生活支援を対人援助論として陶冶していくことも併せて必要である。

1.はじめに/調査の概要調査の概要
2.住まいの喪失の背景と居住支援ニーズ
3.社会的ネットワークの状況と生活支援ニーズ
4.健康状態の特徴と保健・医療・福祉ニーズ
5.今後発展させるべき支援/おわりに

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