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こころの健康シリーズVI 格差社会とメンタルヘルス

7 子どもの養育環境とメンタルヘルス

長野県佐久総合病院心療内科
藤井 伸


症例1 周りに気を使いすぎて・・・A子

 A子は小学校2年のとき姉と二人でK児童養護施設に入所した。実母は精神疾患のため家を出た。父が継母を家に入れたときから父母の虐待が姉と二人に向けられた。ある日小学校から帰ってきたら自動車が待っていてそのまま姉妹でK児童養護施設に来た。

 小学校時代は吹奏楽部でトランペットを吹いてリーダー格であった。しかし中学校に進学したころよりまず「難聴」になった。頭痛もあるという。そのうち腹痛を訴え、生理も不順となった。中学3年生の夏になって腹痛が頻発して登校できず、内科では問題ないと当科に紹介された。施設の職員の方の印象だともともと周りに気づかいするやさしい子だが、今は同室の1才上の女の子の性格が強くてその子に非常に気を使いすぎてくたびれてしまっているように見えるとのことだった。

 それで臨床心理士に面接を依頼した。心理士は月1〜2回、箱庭療法も試みながら面接を続けてくれた。学習意欲も出てきて高校には合格した。しかし合格発表前後から繰り返し腹痛を来たして食事も摂れなくなった。やはり一日中同室にいる女の子との間の軋轢がひどくなって身体化したと考えられ、高校への入学式までの約1ヶ月内科一般病棟に入院させた。面接も続けてもらった。入学式には元気に出て高校生活がはじまった。しかし今度は過呼吸発作が頻発し高校に登校することを拒否するようになった。さらに秋には意識喪失、視力障害などの解離・転換症状が出たため再び一般病棟で1ヶ月ほど入院させて治療した。どうしても人数と性別の関係上同室にせざるをえなかった女の子との緊張関係が極点にまで達していたようであった。

 翌年春通信制高校に転校した。アルバイトなどで気分転換をして、病院での心理面接も高校卒業まで続けて27回を数えた。その間に男性問題も含めていくつもの危機があったが職員の方々のサポートと外来での心理士の適宜な面接・対応でなんとか乗り切って茨城にいる姉のもとへ行くことで施設を「卒業」した。

 

症例2 おねしょが続いている・・・B子

 B子は8才(小学校3年生)のときにK児童養護施設に措置された。当科には10才(小学5年生)のとき「夜尿」があるということで紹介を受けた。

 母はB子をみごもっている間に精神疾患がひどくなり何回か精神科に入院した。出産のあとも母は育児ができないので父はB子を乳児院に預けた。3歳になって児童養護施設に移り、7才になって父が引き取った。父は仕事に出るのでB子は炊事をはじめ洗濯などの家事をまだ7〜8才から自分でしていたという。また父は交際する女性のところには必ずB子を連れて行き、つねにフランス人形のような衣服を着せていた。また自宅で入浴したり排尿するときは扉を開けておくように命じていたという。「おねしょ」をするようになってそれに手を焼いた父が児童相談所に相談した。そのとき養育環境の異常さも問題になり児童養護施設への入所が検討された。そしてK児童養護施設へ措置されたのである。

 当科初診の際のいでたちは黒っぽい男の子のような服装であった。そのような服装は高校3年生になって最後の面接をするときまで変わらなかった。はじめ抗うつ剤の投与もした。しかし効果なく投与を中止した。病院での臨床心理士による面接は途中で心理士が交替することはあったが約8年62回の面接が続けられた。

 中学校時代は遅刻をくりかえし、時には長期の不登校を続け、汚れた下着を見えないところに隠すなどの問題行動が続き、その対応に職員はひどく苦労したようである。しかし定期的に面接は続けられた。その送迎を担当された方はいつも同じひとで、むしろ往復の車内のなかでのおしゃべりや帰りにちょっとする「買い食い」が本児の施設での緊張感を解きほぐし生活のアクセントにもなっていたようである。病院で担当してくれた臨床心理士も長い間さらりと距離をとって面接し、いっしょに遊んでくれた。B子は子どものときの体験は語らなかった。心理士も無理に触れることはなかった。 中学生時代は不安定だったB子が、高校に入ると落ち着いて、かなり遠距離で電車通学をしなくてはならない学校にも遅刻せずに通い、学習も積極的となった。ほとんど首席だったそうである。それとともに「おねしょ」は回数がへり、修学旅行ではまったく「おねしょ」がなく、そして現在までない。高校を卒業して、唯一たよりになる親族である祖父の援助で神奈川の美術関係の短大に進学し、卒業後にあるデザイン工房に就職した。

3.症例3/症例4

1.はじめに
2.症例1/症例2
3.症例3/症例4
4.病院という避難港
5.施設職員・心理士の働きと病院医師・心理士の働き

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