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こころの健康シリーズVI 格差社会とメンタルヘルス

8 青少年の社会的自立とメンタルヘルス
〜社会的養護と今日の子ども家庭をめぐる課題〜

社会福祉法人山梨立正光生園
理事長  加賀美尤祥

戦後の近代化(高度経済成長)の流れと子ども・家庭

 1945年、第二次世界大戦の終焉を迎えた我が国では、焼土と化した巷に多くの戦災孤児が行く場を失い浮浪していた。GHQ(連合軍総司令部)の統括下、政府は戦災孤児の「収容保護」(当時、刈込みと称された)を指令した。保護された子どもたちは、全国各地で篤志家や宗教団体のもとに保護された。1946年制定の新憲法に基づき制定された児童福祉法(1947年)により、我が国の子ども家庭の精神保健を護るパラダイムが形成され、これに基づいて戦災孤児の保護の場は、養護施設(現在、児童養護施設)や乳児院など社会的養護のシステムとして形成された。

 1950年代の終わり頃より「もはや戦後ではない」と言われ始め、1960年当時の池田内閣が所得倍増計画を策定し、国民所得の飛躍的増加をめざす政策を進めることとなった。我が国は、1950年代の朝鮮戦争特需も寄与して60年代から70年代にかけて、いわゆる高度経済成長という形で驚異的な経済発展を達成した。

 この10年間の社会経済の構造変化はすさまじいものであり、まさに激動の時代といわれるに値するものであった。当時、中学生は「金の卵」(その後、高校生が中学生に取って代わることになる)と称され、労働市場に駆り出されていった。そのため、人口構造の変化は極めて顕著で、東京、名古屋、大阪を中心とする三大工業地帯だけで総人口の約半分を占めるなど、都市圏に人口が集中することとなり、さらに、前述の『金の卵』たちが成人年齢に達する頃になると、都市部を中心に親子二世代家庭(いわゆる核家族)が急速に増加し、全世帯数の約3分の2ほどを占めるに至っている。

 こうした核家族化の進行は、当然の結果として、子どもの養育機能の破綻に至る家庭を続出させ、社会的養護にとって、戦災孤児に代わる新たな「ニーズ」を生みだすことになったわけである。

 1960年代から戦災孤児に代わって、養護施設に新たにやってきた子どもたちの入所の要因の多くは、母親の「蒸発」や、育児ノイローゼとそれに起因する「折檻」などであった。加えて、その背景には判で押したように経済的な問題が潜んでいた。さらに、1970年代前半の高度経済成長期のピーク時には、当時の国鉄の駅などに設置されたコインロッカーへの「子捨て」や子殺し事件(いわゆるコインロッカーベイビー事件)が続発し、救出された子どもたちは乳児院や養護施設等へ保護されることになった。当時、施設に入所してきた幼い子どもたちには、緘黙や自閉、チック症状など、心因性と思われる症状が見られることが多かった。また、いわゆる愛情飢餓状態を示す子どもも少なくなく、幼児が誰彼かまわず抱っこをせがむなど、今日、虐待を受けた子どもたちが示す様態と酷似したものであった。

 さらに約10年が経過した1970年代後半から1980年代、前述の幼児世代が思春期に達する頃、子ども家庭問題は新たな様相を呈すことになる。いわゆる非行の低年齢児化である。学校内での暴力(校内暴力)や家庭内暴力、シンナー遊び、暴走行為、万引き、性的逸脱(不純異性交遊)など、中学生を中心に反社会的逸脱行動が新たな社会問題となっていったのである。子どもたちのこうした問題行動は、従来、要保護児童に限定された問題と考えられていたが、この時代以後、一般家庭のごく普通と考えられる子どもたちがこうした問題を呈するようになったのである。実話に基づく小説であり後にドラマ化された『積木くずし』は当時の家庭状況を象徴するものであったといえよう。

 1980年代に中学生時代を過ごした子どもたちは、1990年代以降、家庭を持ち、自分たちが受けた不適切な養育を「伝承」していくことにより、今日の家庭内子ども虐待の顕在増加につながってきたのである。

 21世紀に入ると、家庭内子ども虐待の問題はますます深刻化の様相を呈することになる。図Tに示すように、児童相談所への虐待通告相談件数は2013年に73,765件と発表されている。また、2005年度から開始された市町村への通告相談もそれを上回る件数を計上している。 一方、わが国の社会的養護の受け皿は図Tに見るとおり約50,000人であり、そのうち例年施設退所児による空床は10%以下(約5,000人)である。従って、虐待通告相談件数のうち、子どもを家族から分離・保護できるのは5〜 10%程度(4,000 〜5,000人)に過ぎない。つまり通告のあった子どものほとんどは分離保護できず、在宅支援や見守りと称し元の家庭に戻されることになる。2010年にNHKが全国の児童相談所を対象に実施した調査によって、虐待通告に基づいて一旦は一時保護され、その後、家庭に戻り在宅支援が行われていたとされる子どもに関して再度通告がなされたものが年間に8,000件に上っていることが明らかとなった。この「再虐待」の問題は、社会的養護のキャパシティの不足や在宅支援の不十分さという現状を浮き彫りにしたといえよう。

一方で、家庭から分離され社会的養護されることになる子どもは、いわば「狭き門」を潜り抜けるほどの極めて深刻な虐待やネグレクトなどの家庭環境におかれた子どもであることになる。こうした子どもが呈するさまざまな精神的、心理的、行動上の問題は年々複雑化、重篤化の一途を辿っており、児童養護施設等をはじめとする社会的養護の施設の一部には「施設崩壊」といった状態を呈する施設も現れるなど、混迷の様相はますます深刻化してきている。

3.自立を困難とする子どもの増加

1.はじめに/今日の子ども家庭にまつわる事象
2.戦後の近代化(高度経済成長)の流れと子ども・家庭
3.自立を困難とする子どもの増加
4.少子化と虐待の増加、そして国の未来/おわりに

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