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こころの健康シリーズZ 21世紀のメンタルへルス

No.10 災害時のメンタルヘルスを守るために

宮崎大学医学部看護学科  原田奈穂子


「複数の領域における協働と連携」

 支援における複数の領域における協働と連携が、あらゆる災害支援に際して必要であると考える。特に日本ではこころのケアと訳される傾向にある精神保健および心理社会的支援については、Inter-Agency Standing Committee (IASC)が他の領域を介して行われるべきであると明記している。国連が関わるような支援に置いては、他の領域とは既に定められており、全てで11領域あり、この領域間で調整や協働を行うことをクラスターアプローチと言う(図参照)。

 栄養と図で2時の方向の食糧確保は似て非なるもので、栄養は必要なカロリーや栄養素について、また乳幼児の栄養についても担うが食糧確保は主に長期的な主食の手配と分配を担う。ロジスティクスは輸送とも訳され大量の物資や人材を輸送するシステムである。水と衛生は、飲料水・生活用水・汚水、トイレ設備やし尿処理および媒介類のコントロールまで含む領域である。教育にはこどもの権利条約にもある通り、こどもの育つ権利として教育を受け遊ぶことも含まれている。早期復旧は道路などの社会インフラストラクチャーである。通信は災害時における情報伝達システムの領域である。保護は被災をした人々をあらゆる迫害から保護し、彼らの権利でもある支援を受ける権利を遵守することである。保健には医療、保健、公衆衛生、福祉の全ての領域が含まれる。

 残りの2つの領域に限って改変を行っている。避難所と書いてある領域は英語ではシェルターである。前述したように日本以外の国では、2週間以上もの間集団で雑魚寝をするような災害対応の想定をしていないため、英語表記でも語弊がない。しかしながら、カタカナ用語や国際的な基準をともすると他人事扱いをしがちな日本では、真の意味合いを理解しないのではと考え意訳した。また、仮設住宅運営と書いてある領域は英語ではキャンプマネージメントであり、これは難民キャンプの管理運営を担うため原語ではこのような表記になっている。筆者がこの部分を意図的に改変した理由は、日本では避難者であり難民という表記はしないからだ。

 しかしながら、IASCの国内強制移動に関する指導原則ではinternally displacespeopleの定義を「これらの原則の適用上、国内避難民とは、特に武力紛争、一般化した暴力の状況、人権侵害もしくは自然もしくは人為的災害の影響の結果として、またはこれらの影響を避けるため、自らの住居もしくは常居所地から逃れもしくは離れることを強いられまたは余儀なくされた者またはこれらの者の集団であって、国際的に承認された国境を越えていないもの」としている。東日本大震災で被災をされた東北の約39000人の方々は今も元の居住地とは異なる都道府県で生活をしている。現状を踏まえると、避難者は国内避難民であり、この領域に関する国際的な基準や指標には我々が参考にできることも多い。

 なぜ保健の領域に属する筆者が長々とクラスターアプローチについて述べるのか。それは、被災をした方の支援をするにはどの領域に属する者であっても、他の領域と協働と調整を行わなければ責任ある本当に役に立つ支援にはつながらず、なおかつ精神保健および心理社会的支援は他の領域に組み込まれる形の支援がIASCに推奨されているからである。サイコロジカル・ファーストエイドは、どの領域の支援者であっても知識としてのみならず実践することが、WHOから求められている精神保健および心理社会的支援のアプローチである。筆者もWHO版サイコロジカル・ファーストエイドのトレーナーとして、様々な領域の支援者に知識と技術を伝えてきた。

 しかしながら、長年気になっていたことがようやく明確になったことがある。WHO版サイコロジカル・ファーストエイドでは介入ピラミッドを活用しながら支援を展開していくが、そのピラミッドの底辺の層は基本的なサービスおよび安全に関する社会的な考慮であり、その考慮には基本的身体的ニーズとして、原文の通りだと“basic physical needs (food, shelter, water, basic health care, control ofcommunicable diseases” である。このシェルターは指定緊急避難場所ではなく、指定避難所であり、イタリアが展開しているような避難所での配慮の事なのだ。

 繰り返しになるが、日本での避難所では当然のように、被災というストレスフルなイベントを経験している集団が、プライバシーがない空間で、床に毛布を敷いて雑魚寝をし、その場所で配られた食事を食べ、既に多くの人が使い慣れない和式の簡易トイレで用を済ませなくてはならない。その場所に、多くのこころのケア支援者が、傾聴をしに訪れ、足浴をし、マッサージをして被災をした方々のこころを癒しに来るのである。この避難所での環境が、プライバシーが欲しくても声に出せないような人々でさえもプライバシーが守られていると感じられ、布団なりベッドなり普段使い慣れている寝具に近いもので眠れることができ、食事は食卓で食器から食べることができて、普段使っているような日本が世界に誇るウォシュレット機能がついているトイレを使うことができたならば、人々の心はどのように感じるのだろうか。もしかしたら、見知らぬ人に話を聞いてもらわなくても、手足を揉まれなくても、彼らのレジリアンスはまたその強いしなやかさを見せるのではないかと筆者は考えるのである。

参考文献
Brewin CR, Andrews B, Valentine JB (2000) Meta-Analysis of Risk Factors for Posttraumatic Stress Disorder in Trauma-Exposed Adults. Journal of Counseling and Clinical Psychology
https://pdfs.semanticscholar.org/0376/fedb10b4fbf1f786f2eca716556e6d8151ff.pdf
Chan CS, Rhodes JE (2014) Measuring Exposure in Hurricane Katrina: A Meta-Analysis and an Integrative Data Analysis. PLoS ONE 9(4): e92899.
https://doi.org/10.1371/journal.pone.0092899
災害・紛争等人道的緊急時における精神保健・心理社会的支援(英語2007日本語2010)
http://www.who.int/mental_health/emergencies/guidelines_iasc_mental_health_psychosocial_june_2007.pdf
日本語は上記の簡略版
http://www.who.int/mental_health/emergencies/what_humanitarian_health_actors_should_know_japanese.pdf
復興庁全国の避難者数平成30年7月12日現在。2018年8月14日アクセス
http://www.reconstruction.go.jp/topics/main-cat2/sub-cat2-1/20180731_hinansha.pdf
「国内強制移動に関する指導原則」(Guiding Principles on Internal Displacement)2018年8月14日アクセス
http://www.un-documents.net/gpid.htm


お見舞い/はじめに/「災害」とは
「避難所での滞在時間の長い日本」
「複数の領域における協働と連携」

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