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こころの健康シリーズZ 21世紀のメンタルへルス

No.5 予防とは何か
日本で“最も”自殺の少ない町の調査から気づかされたこと

慶應義塾大学SFC研究所・上席所員 岡 檀


多様性にこだわる、均質化を嫌う。

 周辺町村に比べ、海部町では赤い羽根募金が集まりにくいことで知られています。近隣の町ではほぼ全員の住民がおとなしく、同じような額の募金を箱に入れて回してくれるのですが、海部町はそうすんなりとはいきません。皆がするから自分もしなくてはいけない、という発想がそもそも無いのです。募金をしたければすれば良いし、したくなければそれもまた良し。募金する理由もしない理由も、ちゃんと筋が通っています。

 調査が進み、町の特徴が徐々に見えてくるにつれ、海部町の人たちが「自分は募金しない」ときっぱりと言い切ることができるのも、ひとり違ったことをしたからといって、そのことを理由に非難されたり周囲から“浮く”羽目になったりしないという前提があるから、ということがわかってきました。コミュニティの中にいろんな意見、いろんな関わり方があってしかるべきという考えが共有されているし、そのことをとても大事にしています。

 事例のひとつに、特別支援学級に対する意見があります。特別支援学級とは、知的もしくは身体的に障がいを持つ児童生徒に対し、文字どおり特別な支援を行うための学級で、子どもたちの諸事情や成育段階に合わせ、異なるニーズに丁寧に対応する教育を目指すとされています。この特別支援学級の設置について、近隣地域の中で海部町のみが異を唱えたという経緯がありました。

 私が関係者にその理由を尋ねたところ、このような答えが返ってきました。――他の生徒たちとの間に多少の違いがあるからといって、その子を押し出して別枠の中に囲い込む行為に賛成できないだけだ。世の中は多様な個性を持つ人たちでできている。ひとつのクラスの中に、いろんな個性があったほうが良いではないか。

 ここは特別支援学級設置の是非について論じる場ではありませんが、設置に反対する理由がいかにも海部町らしいと感じたので、あえて紹介させてもらった次第です。海部町の人々は「いろんな人がいてもよい」にとどまらず、「いろんな人がいたほうがよい」という、多様性の維持に対し、より踏み込んだ積極的な態度をとっていると感じさせられます。


対等な関係を維持する。

 自殺希少地域・海部町には、江戸時代発祥の相互扶助組織、「朋輩組ほうばいぐみ」があります。朋輩組は極めてオープンな構造の組織で、よそ者、新参者であっても希望すればいつでも入れるし、こうした歴史の長い組織には珍しく女性の加入も拒まない。近隣の町の類似組織が、「三代続けてこの地に持ち家を有する家筋にのみ、入会を許す」と定めているのとは、大違いです。

 史資料や町の古老の昔語りによれば、朋輩組の全盛期には、中学や高校を卒業した年頃の男子が毎年続々と入会していたそうです。血気盛んなティーンエージャーの群れというわけですが、いわゆる体育会系の先輩による後輩へのしごきは皆無であったと、「ほない野暮なこと、誰ちゃせんわ」と彼らは一笑にふします。

 この点は、日本各地の他の類似組織と大きく異なっています。私が実際に調査した同じ四国にある別の組織では、年少者は年長者に絶対的服従を強いられ、しごきや制裁が常態化していました。

 一方、海部町の朋輩組にはヒエラルキーというものがありません。年長者だからといって威張らないし、新米の意見であっても妥当であれば即採用される。そして、朋輩組がそうであるように、海部町のコミュニティそのものに、ヒエラルキーの概念が希薄です。目上の人に対して一般的な敬意は払うものの、相手の地位や家柄によって態度を変えるというようなことがない。ごく自然に、水平な人間関係を維持しています。


ゆるやかに、つながる。

自殺希少地域・海部町では、住民同士のつながりは必ずしも緊密ではありません。

この事実を聞いて、意外だという反応を示す人は少なくありません。長年にわたり、自殺予防には人と人との絆が最重要だと言われてきました。日本で“最も”自殺の少ない町といえば、さぞかし人情味あふれる温かな交流、住民同士の絆が強く、互いによく助け合って暮らしているのだろうというイメージが先行するのですが、実際の海部町はかなり様相が異なっています。

住民アンケートによって海部町と同県の自殺多発地域・A町とを比較したところ、「隣人と日常的に生活面で協力している」と答えた人は海部町で16.5%、A町では44.4%と、A町のほうがかなり緊密な人間関係を維持している様子が示されていました。海部町はといえば、立ち話程度、あいさつ程度の付き合いをしている人の比率が最も高い。つまり、コミュニケーションが切れてはいないものの、あっさりしたつながりを維持している様子がうかがえるのです。

小さな町であり、住民同士の接触頻度は高いために、一見すると緊密な付き合いをしているように思われがちなのですが、海部町では精神的に粘質なつきあいというものが少ないといえます。問題が発生すればすぐさま必要十分に助けるものの、基本は放任主義です。

3.SOS発信を促す。/もはや“自殺予防”ではない。

1.自殺の少ない町では幸せな人が多いのだろうか/日本で“最も”自殺の少ない町
2.多様性にこだわる、均質化を嫌う。/対等な関係を維持する。/ゆるやかに、つながる。
3.SOS発信を促す。/もはや“自殺予防”ではない。

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