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こころの健康シリーズ[ 国際化の進展とメンタルヘルス

No.7 外国人留学生のメンタルヘルス −実態と課題−

JAFSA(国際教育交流協議会)多文化間メンタルヘルス研究会代表 大橋敏子


3.異文化適応とメンタルヘルス

 一般に、海外生活に不適応な場合には、@身体面、A行動面、B精神面にそれぞれ次のような現象が現れる6)

@身体面に現れるもの(身体化):各種の心身症、心気症
A行動面に現れるもの(行動化):ひきこもり、アルコール依存、自殺など
B精神面に現れるもの(精神化):人格変化、各種の精神障害など

 ただし、これらの症状は単一で現れるだけでなく、身体化、行動化、精神化の3つが混じった行動様式をとる場合も少なくない。

1)異文化間コミュニケーション

 日本社会は、伝えたいメッセージが、実際に話された言葉以上の内容を含む割合が高い。そして、コミュニケーションをする人同士の間に、文化、伝統、習慣、価値観、知識などがメッセージを解釈するのに必要な高文脈社会である。このような社会では、言葉を使って話をする時でも、相手に言外の意味を推し量ってもらう割合がより多く必要である。すなわち、間接的で曖昧な表現や非言語によるコミュニケーションを用いることが多く、「行間を読む」、「察する」といったコミュニケーションパターンをとることが多い。そのため、その文化を理解していないと、言葉だけではうまくコミュニケーションができない。このことが異文化適応上において大きな問題となる。そして、直接的な表現を用い、メッセージの情報が言語による低文脈社会の出身者にとって、日本語が堪能であっても異文化に対する不安や、相手の話があいまい過ぎるために起こる不安が相まって、誤解や不満の要因になり、メンタルヘルスにも影響する。

2)日本語とメンタルヘルス

 本研究では、滞在期間が長くなるにともない日本語能力が高くなってもストレスはむしろ高くなり、メンタルヘルスが阻害されるという逆の結果となった。

 大橋7)は、留学生における日本人との人間関係(親しいコミュニケーション)について、滞在年数が1年未満の者と5年以上の者について比較した。そして、人間関係を阻害する因子である「思考様式」、「外国人であること」、「価値観」は滞在期間が 長くなっても、上位に位置し、むしろ滞在期間が長くなればなるほどその障害度が高くなることを明らかにした。

 ストレスはメンタルヘルスに最も直接的に影響を与える要因であり、そのなかでも対人関係は留学生にとって、ストレス要因であり続ける。このことは異文化間コミュニケーションの重要な背景である精神文化、つまり、「思考様式」、「価値観」、「態度」などの相違がメンタルヘルスを阻害する要因となっていると考えられる。

 日本人は、外国人、特に日本語ができる者に対して、当然日本の社会規範、日本人の思考様式、価値観、人間関係におけるコミュニケーションを理解している、理解すべきであると考えている傾向がある。しかし、精神文化は容易に変えられるものではない。このことは、大橋とクライエントとの面談、実践場面でも語られており、留学生のメンタルヘルスを考える上で、重要な鍵になると考えている。

 留学生のメンタルヘルスの増進には、留学生に表面的な社会的スキルだけでなく、異文化理解教育を実施する必要がある。しかし、重要なことは、留学生だけでなく、日本人も対象に異文化理解教育を実施することである。

 その際、大橋ら8)がステレオタイプ的な日本人像を助長させない配慮を行いながら、カルチャーアシミレーターの手法を用いて著した『外国人留学生とのコミュニケーション・ハンドブック.トラブルから学ぶ異文化理解』が、異文化間コミュニケーションに関する有効な学習方法の一つになればと考えている。

3)精神医療における医療通訳の役割

 大橋9)は、外国人に対する診療経験が豊富な10名の精神科医へのインタビュー調査に基づき、精神医療における医療通訳の役割に関する概念を抽出した。そして、井上が提唱しているマクロ・カウンセリングにおけるカウンセラーの14の役割に照らし合わせて論じた。その結果、医療通訳の役割として、言葉(非言語)・文化(医療文化)の仲介・媒介、クライエントの代弁・権利擁護、福祉援助、情報提供・助言、家族やコミュニティへの関係促進などマクロカウンセラー的役割の重要性を明確にした。

 大橋は、メンタルヘルスの危機介入における「介入」の概念を「調整(コーディネーション)」として捉えている。調整の機能には、中核的な「つなぐ(需要調整)機能」の他に、「知らせる(情報提供)機能」、「育てる(養成・教育)機能」、「支える(相談・援助)機能」、および「調べる(調査・研究)機能」がある。

 精神医療における医療通訳の役割が有効に機能するためには、調整(コーディネーション)が重要であるという観点から、調整機能をもつ医療通訳者が「つなぐ機能」 を果たし、学際領域、関連職種、支援組織と連携・協働し、医療通訳システム体制の構築など重要な役割をも担っていくことが求められているのではないだろうか。

おわりに

 留学生の精神障害に対応する場合、メンタルヘルス以前の問題、すなわち、異文化生活へ適応できているかどうかを認識することが非常に重要である。

 精神障害がその社会において持つ意味や対処法は、時代と場所によって多様である。留学生のメンタルヘルスに対するケアが充分にその効果を発揮するためには、ケアに関わる者が医学的知識のみならず、留学生の文化、社会を充分に理解していることが必要である。このような観点から、異文化理解教育を留学生だけでなく、日本人にも実施することが不可欠であると考える。

 最後に、新型コロナウイルス禍における国際教育交流は大きな転換点を迎えており、留学生のメンタルヘルスへの対応は、喫緊の課題であるといえる。

 

参考文献

1)大橋敏子編著:外国人留学生のメンタルヘルスのための危機介入ガイドライン、2006年度JAFSA調査・研究報告書、2008.
2)大橋敏子:外国人留学生のメンタルヘルスとヘルスケアに関する研究、平成六年度文部省科学研究費補助金(奨励研究B)研究成果報告書、1995.
3)大東祥孝・丸井英二・鈴木國文・大橋敏子・坂本なおこ:留学生の医療状況と疾病構造(第一報) その3、東京大学と京都大学、保健の科学35、874-878、1993.
4)大橋敏子:『外国人留学生のメンタルヘルスと危機介入』、京都大学学術出版会、2008.
5)北村俊則・平野均・平田牧三:学生人口におけるSelf-rating Depression Scale(SDS)の因子構造とその適合度、精神科診断学12巻1号、117-118、2001.
6)稲村博:危機介入(Crisis Intervention)、精神医学19、1008-1019、1977.
7)大橋敏子:「留学生オリエンテーションの課題.二つの実態調査から.」、異文化間教育5号、49-65、アカデミア出版会、1991.
8)大橋敏子・近藤祐一・秦喜美恵・堀江学・横田雅弘:『外国人留学生とのコミュニケーション・ハンドブック.トラブルから学ぶ異文化理解』、アルク、1992.
9)大橋敏子・井上孝代:精神医療における医療通訳の役割.マクロ・カウンセリングの視点から.マクロ・カウンセリング研究10巻、73-81、2017.

はじめに/1.留学生のメンタルヘルスの特徴
2.メンタルヘルスの実態
3.異文化適応とメンタルヘルス/おわりに

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