2.歩くとストレスが解消する ウォーキングが必要とされる状況の最大の原因は「運動不足」であった。 そこでウォーキングに限らず、 実際に運動をしたときの効果について調べた結果(図4)では「ストレス解消」(54%)が群を抜いて多かった4) 。別の調査であるが糖尿病患者が運動療法としてウォーキングを実施したときの効果では「心身爽快」が62%で第1位だった5) 。この2つの調査から明らかなように、 歩けば運動不足が解消されるわけであるが、 具体的には「気分がスッキリしてストレスが解消された」ということが自覚されるのである。 以上は統計数値であるが、 ストレスが起こる状況と、 それに対して考えられるウォーキング実行の場面の「心の動き」を考えてみようと思う。
この世のストレスは職場・家庭・金銭とつきない。 職場ではさまざまな人間関係が渦を巻き、 コンピュータにまでこき使われる。 帰宅すると親子、 夫婦、 義理などの関係が待ち受けているが、 自分の思うようにいかないこともままあるではないか。 金銭の願望や悩みはいうまでもないが、 特に期限が迫ったときの気苦労は筆舌に尽くせない。 また好むと好まざるとに関わらず、 家族の病気、 昇進や転職、 結婚や停年等のいわゆるライフイベントは常に起こりうるストレス要因である。 そんなときに競争型のタイプAとか破滅型の性行でストレスが増幅することもあろう。 ストレス解消の大原則はその源泉と決別することだと思うが、 それでは生きていけないのが浮き世というものだ。 そこでさしあたって「ストレス忘却」「ストレス一時解消」の術を身につけることがストレスマネージメントの第1歩であろう。 浮き世の悩みから解放されるにはまず戸外に出ることだ。 澄み切った空は限りなく青く、 緑や野山も、 渚の白砂も、 小川のせせらぎも、 そう思って受け止めれば心の底からわれとわが心を慰めてくれる。 そして花の色も鳥の囀りも、 自己主張の限りを尽くしているので、 人間も自分の意志で自由に歩くという自己主張をしたくなるではないか。 実際に歩いていると、 頃合いのタイミングで出会いの光景が目に飛び込んでくるので、 悩み事にこだわっている暇がなくなってしまうのだ。 特に歩くという行為は自分の意志が深く関わっているので、 受動的に景色が変わる乗り物経験とは根本的に違っている。 また、 景色が変わる速度が適切なので、 同行の仲間や、 通りすがる対面相手とコミュニケーションがとれるし、 映像の各コマを認識・記憶できるのが特徴である。 この辺の機序はウォーキング以外の、 たとえば自分が陶酔できる職業や趣味、 またはボランティア活動のとき、 そして悩み事にこだわる暇がない緊急事態(戦争・災害時)や、 恋愛あるいは遊びなど超ハッピーなときにストレス一時忘却現象が起こるのと関連している。 それにしても雨に降り込められた子どもたちは狭い家で喧嘩したり機嫌を損ねたりするし、 散歩に連れて行かないと犬も怒りっぽくなる。 「運動不足の犬、 イライラして噛みつく」という見出しの新聞記事を見たことがある。 動物も含めてわれわれはみな適宜に気分転換を必要としているし、 散歩やウォーキングはその解決策なのである。 そういえば、 夫婦喧嘩の後に街の中を一回り散歩してくると、 頭の興奮が冷めているものだ。 昔から哲学者は歩きながら思索をめぐらせて悟りを開いたという。 たとえば古代ギリシャのアリストテレスは木陰の散歩道を逍遥しながら議論したり教えたりした(ペリパトス = 逍遥学派)とされるし、 ドイツの古都ハイデルベルグには、 ヘーゲルやヤスパースが歩いた「哲学の道」(ここは結構厳しい坂道だ!)が残されている。 このような大脳の「快適機能現象」については、 脳内血流の増加をもたらすような運動が、 脳に覚醒作用を起こさせて恍惚感を与えるベータ・エンドルフィンおよびACTH(副腎皮質刺激ホルモン)の量を増やすためであるといわれる。 これは「ランニング・ハイ」という現象で知られるが、 当然ウォーキングでも起こる現象である。 更に歩くときに作動する大腿四頭筋などの抗重力筋(重力に抵抗して姿勢を維持したりする場面で作動する筋群)の活動は、 脳の覚醒を司る脳幹網様体を刺激して、 適度な興奮とボケ防止をもたらすという。6)
1.現代はウォーキングブームの時代 |
|||||||