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心と社会 No.99 31巻1号
特集 |
子ども虐待について
宮本信也 筑波大学心身障害学系 教授
「子ども虐待」は、これまで、「児童虐待」あるいは「小児虐待」ともいわれてきましたが、最近は「子ども虐待」という表現が使われるようになってきています。『児童』・『小児』という用語が示す子どものイメージが、児童福祉の領域や保健医療の領域など、職種によって異なることがその背景の一つとなっているようです。
子ども虐待に関する一致した定義はまだありません。ここでは、次のように定義したいと思います。それは、「親、または、親に代わる保護者が、故意の有無に関わらず、子どもの人権を侵害する行為で、かつ、子どもが望まない行為を反復するもの」というものです。『故意の有無に関わらない』という点が重要です。これは、親の説明の如何に関わらず、結果的に子どもにとって有害な行為を行っている場合には、それを虐待という範疇で考え、虐待として対応するということを意味しています。
子ども虐待には、大きく4つのタイプがあります。(1)殴る、蹴るなどの身体的暴力を行う身体的虐待、(2)「ばか、お前なんかいないほうがいい」などの言葉の暴力を行う心理的虐待、(3)性的な行為を強要する性的虐待、(4)子どもの心身の健康な成長・発達に必要な世話・対応をしないネグレクトの4種類です。このネグレクトには、知的障害など親のほうの養育能力に問題があって、結果的に必要な世話をしていない場合も含みます。ただし、最近は、「虐待とネグレクト」という具合に、ネグレクトを虐待という表現とは別にして表すことが一般的になってきています。
4つの虐待のタイプに関して強調しておきたいのは、これら4種類のタイプの間で虐待の重症度に差はない、という点です。身体的虐待は身体面に大きな影響を残しますが、一方、心理的虐待も心に大きな傷(心的外傷)を残します。性的虐待も大きな心的外傷を起こします。ネグレクトでは、身体的影響と心理的影響の2つが起こりえます。病気になっても放置されているため、死亡することもあります。
子ども虐待の正確な頻度は不明です。問題が表面化したものしか捉えにくいからです。最近、わが国で行われたいくつかの実態調査では、子ども1,000〜3,000人に1人という結果が報告されています。もっとも、子ども虐待に対する地域の意識が高まると、児童相談所など関係機関への報告件数が2〜3倍に増加することが知られていますので、実際には、少なくともこれらの数字の数倍の頻度はあるものと思われます。
子ども虐待に関わる要因は、1)保護者の要因、2)家庭の要因、3)子どもの要因の3つに分けて考えることができます。
1)保護者の要因
虐待・ネグレクト行為を行っている保護者の要因は、大きく2つに整理されます。それは、精神障害などの精神病理性がある場合とない場合です。
精神病理性がある場合、背景にある精神障害としては、人格障害、アルコール依存、薬物依存、精神分裂病、うつ病、精神遅滞などが多く認められます。人格障害では、母親では境界型人格障害、父親では反社会的人格障害が最も多いものです。
精神病理性がない場合は、保護者が未熟な人格であることがほとんどです。相手の立場で考えることが苦手という「共感性の乏しさ」と、対人関係の判断が自分が相手からどうされたかを基準として行うことからくる「被害者意識」の2つで特徴づけられます。こうした未熟性の背景には、その保護者自身が子ども時代愛された経験がないということが少なくありません。虐待する親が、子ども時代その親から虐待されていたこともよく認められます。
2)家庭の背景
子ども虐待のある家庭にも共通する特徴があります。それは、@孤立状況、Aストレス状況、の2点です。
孤立状況とは、その家庭が本来もっているはずのあらゆるつながりが断ち切られている、ということです。自分の家族・親族との行き来・連絡もなく、隣人とのつきあいもなく、地域活動に参加することもありません。このことは、周囲からの援助体制をもたないということにもつながります。ストレス状況で多いものは、両親の不和と経済的問題です。こうした家庭要因が、子ども虐待の助長因子として働くことになります。
3)子どもの要因
子どもの要因とは、子ども自身に原因があるということではなく、そうした要因をもっている場合、子ども虐待行為が生じやすくなるという意味です。
基本的には、育児の負担を増加させるような要因をもっている子、ということになります。具体的には、未熟児(低出生体重児)、発達障害や不治・致死的疾患をもって生まれた子ども、双子以上の多胎で生まれた子ども、多動・強情・動作所作が緩慢などの行動・性格特徴などです。
また、望まれないで生まれた子どもや偶然できた子どもも、虐待されやすい傾向があるといわれています。育児に対する積極的な意志を保護者がもてず、育児が自分に押しつけられた余分な負担と感じられ、そうした状況を自分に強いる子どもに対して攻撃的な感情が生じることになるからです。
1)身体面
全身状態では、低身長、栄養発育障害が珍しくありません。十分な食べ物を与えられていないことが1つの理由ですが、愛情のない環境で育った場合、成長ホルモンの分泌が障害されることがあり、そのための低身長が見られることもあります。
外傷では、新しい傷と古い傷跡が混在して認められるのが特徴です。また、子ども虐待で認められる外傷には、多発性で反復するという特徴もあります。複数の火傷痕や骨折、火傷・骨折・薬物誤飲(タバコを含む)などの外傷・事故を繰り返すというものです。注意が必要なのは乳児の骨折で、これは、それだけで虐待の可能性を考えます。乳児の骨は柔軟であり、よほどの不自然な外力を加えない限り通常骨折するものではないからです。
薬物からみでは、親が薬やさまざまな物質(体温計の水銀、糞尿など)を子どもに飲ませたり注射するなどして、子どもを病気にするものがあります。説明のつかない身体症状の持続がある場合、疑わなければいけません。
2)精神・行動面
年少児では、過食・盗み食い・異食などの食行動の異常が高頻度に認められます。また、身体的虐待が続いている場合には、痛みに対してほとんど反応しないということもよく認められます。多動、乱暴、落ち着きがない、という行動もよく見られるものです。対人関係では、きわめて警戒的で内にこもるか、一見人なつっこいが表層的な対人交流しかもてないかの2つのタイプが認められます。
年長児では、集団内での問題行動や反抗的、攻撃的な行動が特徴です。周囲から見ると非行としか見られない行動の背景に虐待が隠れていることは少なくありません。具体的には、離席、教室から抜け出す、集団行動をとらない、怠学、不登校、暴力的、友人とのトラブル・ケンカが多い、指示に従わない、反抗的、虚言傾向、器物破壊、学校で飼育している動植物を殺す(生物への残酷な仕打ち)、盗み、徘徊、家出、喫煙、飲酒などがあります。特に、単独で非行を繰り返している子どもがいた場合には、最低でもネグレクトがある可能性を考えなければいけません。また、性的虐待を受けている場合、性的逸脱行為、性非行なども生じやすくなります。
虐待を受けた子どもは、虐待を受けているその時点でさまざまな精神・行動面の問題を示すほかに、適切に対応されなければ、青年期以降、完成された精神障害に発展していくことも少なくありません。青年期は、拒食症や過食症などの摂食障害、不安障害、解離性障害(ヒステリー)、抑うつ状態などが見られます。成人になりますと、アルコールや覚醒剤などの薬物嗜癖、人格障害、犯罪行為などに発展することも珍しくありません。
子ども虐待への対応では、子どもの人権尊重を第一とすべきです。対応に関して迷う場合には、子どもの人権を尊重するためには、どうしたら良いか考えるようにすると良いと思われます。対応をためらうときの多い理由として、虐待の事実がはっきりしないということがあげられます。これに対しては、虐待が疑われた場合、虐待が否定されない限り、虐待があるものとして対応する、というのが原則です。
虐待への対応の最初は、まず、虐待を疑うところから始まります。日本では、全ての国民は、虐待されている子どもを発見したときには、児童相談所か福祉事務所に通告しなければならない義務があることが児童福祉法で定められています。重要な点は、見つけた人が虐待かどうかをはっきりさせる必要はないということです。それは、通報を受けた側が行う仕事です。虐待かどうかはっきりしなくても、疑った時点で通告すべきであることを忘れてはいけません。
子ども虐待が発見されたら初期対応を行うことになりますが、その目的は子どもの安全の確保です。そのために、その子どもと家族に関わっている職種の人たちに集まってもらいケース会議を開きます。一機関、あるいは、一個人だけで、虐待へ対応することは基本的には不可能と考えるべきです。ケース会議では、その子ども・家族に関してそれぞれがもっている情報を交換し合い、虐待の事実の確認と重症度の判定作業をまず行います。
重症度判定では、生命の危険、重篤な心身の合併症の存在あるいは危険、性的虐待は全て重症と判断し、子どもを家庭から分離する方策を検討するのが良いでしょう。それ以外では、状況に応じて、親子分離あるいは家庭在住での支援を検討していきます。各機関・職種の役割分担をはっきりさせ、援助継続中の情報交換の手段を決定した後、個々の具体的援助活動を実施していくことになります。
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