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No.1 現代家族とメンタルヘルス

大阪市立大学名誉教授  本村 汎


3.「心の健康」を保つための方策を探る

  さて、それでは、どうすれば「心の健康」を確保できるでしょうか。先ずは、人間の「心」の形成や仕組みに影響を与える子どもの頃の「家族体験」に注目し、さらには友人関係、学校の教師との関係、職場の役割関係、そして全体社会の常識・道徳などの文化的価値規範などに注目して、それが、「心の健康」とどのように繋がっているかを「理解」することが必要と考えられます。ここでは「家族臨床」を通じて得られた三つの方策について簡単に説明しておきたいと思います。

家族生活における「個」の肥大化をくいとめよう
 現代家族は「個人主義」「自由主義」「夫婦の平等主義」の価値観によって特徴づけられていますが、「心の不健康」を引き起こしている家族では、「個」の原理と「「自由・平等」の原理が肥大化しているように思われます。確かに、個人主義の価値観は、「家父長的拡大家族制度」を支えていた伝統的な道徳や生活習慣による「抑圧」から、個人を、特に女性を、解放させて、彼らの「心の健康」の確保に貢献してきました。が、現在は、その開放度が「臨界範囲」を越えて、親は子どもに聞きたいことがあっても、子どものプライヴァシーの尊重を理由にして、子どもが「いじめ」などの逸脱行動をとっていても、それを「黙認」する親が増加しているように思われます。もちろん、子どもも親の心の世界に入りこもうとはしない。親子ともに深く入りすぎると、お互いが傷ついてしまうのではないかという「予期不安」を持っています。その結果、家庭生活が夫の生活、妻の生活、子どもの生活に区分され、その間に「境界線」を作りだし、お互いに干渉し合わないようにしている傾向が強くなっています。結局、そのような状況下では、親子がほんとうの自分を表現できずに抑圧してしまいますので、親子も夫婦も自分を殺すことによって「関係」を維持してくという「擬似相互的関係」しか作れなくなります。このような擬似相互的な親子のかかわり合いのなかでは、ほんとうの自己表現や自己開示が出来ませんので、人間の本質的欲求と言われる、他者とかかわりたいとする欲求や、自分は自分でありたいとする欲求の二つが充足出来ずに、「心の健康」はむしばまれていきます。したがって、家庭生活においては、「個人化」の肥大化を防止していくことが必要だとおもわれます。そのためには、社会のなかで「大勢」となっている個人主義の価値に過剰に「同一化」して、それを自分の家族のなかに取り込まないことが必要と考えられます。

「家族」の発達周期における達成課題を解決しよう
 人間に生と死があり「一生」があるように、現代家族にも「生」と「死」があります。前近代家族は、夫婦間の愛情と信頼よりも「家」の継承が最も重視され、長男が代々「家産」と「家名」継承し、老親を扶養していくという循環的周期性をもっていました。そのため「家」が消滅するということはありませんでした。したがって、「家」の命は「人間」の命よりも長いです。しかし、現代家族は「夫婦制家族」とも言われ、「愛情」と「夫婦平等」の価値が重視され、「家」のような循環的周期性は無く、消滅する時期がきます。

 結局、現代家族には「誕生」と「死」があり、その一生には、基本的に七つの発達段階があって、それぞれの発達段階には「達成課題」があります。「心の健康」の形成と存続には、この達成課題を成就できるかどうかにかかっているように思います。第一の発達段階は「新婚期」の段階といわれていて、そこでの達成課題は、その人自身が子どもとして育てられてきた家族(実家)での「愛情経験」を、夫婦間で強化していけるかどうかということです。第二の段階は「教育期」で、達成課題は親子関係を通じて、心の中枢的部分と言われる「基本的な信頼感」を子どもに獲得させていくことにあります。第三段階は「教育期」の段階で、「学校での子どもの適応能力の育成」が達成課題になります。第四段階は「排出期」の段階で、子どもを経済的にも精神的にも親から自立させていくと同時に、親自身が子どもから自立していくことが達成課題になります。第五段階は「退隠期」の段階で、親が子育てを終え、定年退職を迎えて、これまでとは異なる「新しい生き甲斐」を創造していくことが達成課題です。第六段階は「向老期」の段階で、地域社会で「支援的ネットワーク」を創造していくことが達成課題になります。第七段階は「孤老期」の段階で、妻が夫に先立たれ、子どもも結婚して自分たちの家庭を持って生活していることもあって、独りで生活する時期です。この段階では、夫に先立たれた妻が独居生活を余儀なくされるために「より広い支援的ネットワーク」を確立しておくことが必要になってきます。

 市民生活相談の現場で、家族臨床の視点から臨床ケースをみていくと、上記の達成課題が個人の「心の健康」の存続維持と密接に関連していることが見えてきますが、企業、国家、地域社会、そして既存の常識、道徳、などの文化的価値規範のあり方にもさらなる注意をむけていくことが、今後は必要になってくるでしょう。

1.現代の家族を舞台に演出される悲劇
2.「心の健康」−家族と企業と国家と地域社会との関連
3.「心の健康」を保つための方策を探る

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