下坂クリニック院長 下坂 幸三
摂食障害は、ご承知のように、こんにちとても増えている心的障害です。もっといわゆる先進国にもっぱらみられる障害ですから、社会・文化のあり方と密接に関連した障害であるといえるでしょう。
拒食症(神経性無食欲症)と過食症(神経性大食症)とを合わせて摂食障害と呼びます。実はカッコ内の名称が医者の世界では正式なのですが、世間では拒食、過食が、すでに通り名となっています。そこでこの解説も、この通り名を使うことにいたします。
拒食症は、主として未婚の思春期・青年期の女子にみられます。別名、「思春期やせ症」ともいわれるゆえんです。しかし、まれには既婚婦人にも青年男子にもみられます。おおむね思春期前後に発症するとしても、近頃は、発症年齢の幅が広がり、下限は9、10歳くらいから、上限は30歳台の後半にまで及んでいます。発症前は、たいてい真面目な努力家で、親からは「手のかからない子」とみなされていた者が多いのです。自己主張はあまりしないが、芯は一本で負けん気なところがある、そんな性質の人が多いようです。
症状は、極端なダイエット、その結果としての痩せ、無月経が現れます。「ダイエットしなくちゃ」というのは、今の若い女性たちの合い言葉ですが、拒食症の場合は、そのダイエットはとどまるところを知りません。それは、きりなく痩せていきたいという熱望と肥ることへの異常な恐怖にうらうちされています。
彼女らは、はたの者が心配するほどには、自分の痩せについて心配しません。むしろ、満足気です。痩せるとふらふらして何もできなくなるのがふつうですが、彼女らは、その身体衰弱にふつり合いによく活動します。勉強や稽古事に拍車をかけたり、長時間、運動したりします。もちろん、身体衰弱が高度となれば、この活動性を発揮することは不可能となります。それでも精神的には焦っていて、何か有意義なことをしなければ生きるに値しないと考えています。
痩せるということは、彼女らにとっては、脂肪がなくなり贅肉がとれ、ひきしまった身体になることだとしか考えられないようです。栄養失調のために内蔵諸器官も萎縮するのだということは、説明されてはじめて気づくようです。
もとにもどり得る脳の萎縮、肝臓・腎臓機能の低下、卵巣や子宮の萎縮などが起こり得ます。徐脈、低血圧はつきものですし、電解質のバランスも崩れます。血清中のカリウム濃度が極端に低下すると、心筋が影響を受け、不整脈や心不全を起こすことがあります。皮膚はカサカサして、うぶ毛が生え、頭髪が抜け、歯もひどく悪くなることもあります。貧血は当然起こってきますし、皮膚に点状の出血が出現するときは、高度の栄養失調の存在を示唆します。これらの身体症状は。飢餓栄養失調症の症状にほかなりません。食物・水分の摂取量の増加、経口栄養薬の投与、あるいは、入院して、非経口的・経口的な栄養補給を行えば、これらの身体症状は改善されます。
拒食症では精神状態も変化します。食物をすすめられると不機嫌になる。外面はよいのだが、内面はとても悪くなり母親に当たる。当たるといってもからむような当たり方で、その中には甘えも混じります。本人によかれと思って親のすすめることは、ことごとく撥ねつけます。本人は激ヤセを好んでいるのですから、回復させようとするはからいは、本人にとってはさしあたり迷惑なのです。その他、ケチン坊になりお金を貯めこんだり、手クセが悪くなる〜たとえばスーパーの食料品を万引きする〜こともよくみられます。