国立精神・神経センター国府台病院院長 樋口輝彦 6.うつ病にならないためにうつ病になるかどうかが素因だけで決まるのであれば、これを避けることは難しいでしょう。しかし、先にのべましたように、うつ病はいくつもの要因が重なって罹る病気です。身体的要因や状況因子が絡むのです。だから、逆にいろいろな工夫をすることでうつ病になることが防げるのです。 まず、第一に「こころの空白」を作らないことです。人生の中で何度か大きな荷を下ろす機会があります。それも多くは人生の後半です。定年退職、子供の自立、自分の持ち家の購入(新築)、子供の結婚などが代表的でしょう。その時に生まれる「こころの空白」。それはホットした気持ちと同時にある種の緊張感の消失を伴います。この「こころの空白」を長く続けるのはうつ病を引き起こす要因になります。 このことは昔からよく知られた事実で、いろいろなことばで表現されてきました。「荷下ろしうつ病」「根こそぎうつ病」「引っ越しうつ病」、最近では「空の巣症候群」といった言葉です。ではこの「こころの空白」を作らないためにはどうすれば良いのでしょう。そのために大切なのは、新しい目標の設定です。 第二に「孤独の回避」が必要です。人との接触はある種の緊張を必要とします。その緊張は気分の状態にも良い影響を及ぼします。また、人と話をすることで偏りがちな認知を自ら矯正することが可能になります。人間関係、それも仕事を離れた人間関係はすぐにできるものではありません。若い時から親しい友人を持つ努力が必要です。ただ、この点はその方その方の性格や、それまでの生き方が関係しますので、一概には言えないところがあるのですが。 第三に「手抜きのススメ」があります。うつ病になりやすい性格として、よく「几帳面」が指摘されます。几帳面と同時に徹底的、完璧症、熱中などが多く認められます。これが達成できている間は良いのですが、仕事が増えて徹底的にはできない状況に立ち至ったときが問題になるのです。ただ、これはむしろ働き盛りの壮年期の方にあてはまるのかも知れません。このような性格の人にとって手抜きをすることは耐えられないことのようですが、「手抜き」は「薬」と思っていただくことにしています。 第四に「前を向いて生きる」ことです。後悔先に立たずです。年を取ると、どうしても過去を振り返ることが多くなります。過去の良い思い出に浸るのは結構ですが、ともすると過去にとらわれ、後悔し「あのとき、ああすればよかった」と考えるのは危険です。明日のことを考え、楽しみを見つけだし、それを実現するために努力する。この姿勢が大切です。 1.誰でも「うつ」になることはある |
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