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こころの健康シリーズZ 21世紀のメンタルへルス

No.9 コミュニケーションロボットの進化と人間の関わり

公立はこだて未来大学  松原 仁


はじめに

 コミュニケーションロボットがどういうものかという厳密な定義は存在しない。コミュニケーションを広くとらえれば、およそすべてのロボットが人間と何らかのコミュニケーションを取っていると思われる。人間とのコミュニケーションを主な用途とするロボットを一般にはコミュニケーションロボットと呼ぶ。ここでは人工知能の立場からコミュニケーションロボットと人間の関わりについて考える。コミュニケーションロボットは人工知能の最先端技術のいわばショーケースなのである。

 人間同士のコミュニケーションもそうであるが、人間とロボットのコミュニケーションも対話と行動によって行われる。ここでは「対話」と「行動」について分けて議論することにしたい。


対話システムとチューリングテスト

 コンピュータが人間とうまく対話できるようになれば、そのコンピュータは知能を持っていると見なせるのではないかと主張したのが1950年代のTuringである。こちらの部屋には試験官である人間がいる。目の前にディスプレイとキーボードがあってそれらは隣の部屋につながっている。隣の部屋には人間あるいはコンピュータがいる。試験官はキーボードからいろいろ打ち込んで隣の部屋とコミュニケーションを取ろうとする。ある時間やり取りをした後で試験官は隣の部屋にいるのが人間かコンピュータかを判定する。相手をしていたのがコンピュータなのに試験官が人間と判定したら、そのコンピュータは人間並みの知能を持っていると見なそうというのがチューリングテストと言われるものである。チューリングテストにパスしたからといってコンピュータが知能を持っていることの証明にはならないという批判は多いものの、チューリングテストに代わる適切な知能の定義はまだできていない。チューリングテストはキーボードとディスプレイにコミュニケーションの手段が限定されていることが問題であるという指摘もあり、石黒浩などは試験官が対面して人間かコンピュータ(人間型ロボット)かを判定するというトータル・チューリングテストを提唱しているが、そのことについては後半の「行動」の方で触れることとする。

 1960年代にWeizenbaumという研究者によってELIZAという対話システムが作られた(これはロボットでなくソフトウェアである)。ELIZAは精神科医を模していて患者に相当する人間とキーボードとディスプレイを通じて英語で対話をする。人間が対話の中で「お母さん」や「月曜日」などの言葉を使うと、それに反応してあらかじめ決めておいた反応をする(「お母さんが恋しいですね」とか「月曜日は憂鬱になりますね」など)だけの単純なシステムである(単純さのゆえにこのタイプのシステムはその後「人工無脳」と呼ばれるようになった)が、ELIZAと対話した人間はかなり引き込まれた。本当の精神科医に自分の悩みを相談しているような気持ちになってWeizenbaumに対話の内容を開示することを拒んだ人間が多くいた。Weizenbaumはそのことに驚いて人工知能の技術を発展させることを疑問視するようになった。2010年代の今でこそ人工知能の技術が大きく進歩したので人工知能の脅威が論じられるようになったが、まだ人工知能の技術が初期段階であった1960年代のELIZAでも脅威と感じられたことは驚きである。言い換えれば人間はそんなに複雑な存在ではなく、「お母さんが恋しいですね」と言われた程度で感情移入をしてしまう程度に単純な存在であるということでもある。

 チューリングテストにパスすることを目指したローブナー賞というコンテストが毎年行われている。試験官が対話している相手が人間かコンピュータ(対話システム)かを判定する。最も試験官である人間を騙せた対話システム(対話システムが相手をしたのに試験官が人間と判定した率が最大の対話システム)にこのローブナー賞が与えられる。こういうコンテストでいい成績を収めるためには、もっともらしい対話とは何かについて正面から深く研究するよりも、ときどきスペルミスをするとか言いよどむとかの姑息な手段が有効だと報告されている(前述のように人間はこのような姑息な手段に騙されてしまうということである)。なかなか多くの試験官を騙すことのできる対話システムは出現しなかったが、最近になって試験官の30%を騙す対話システムが現れたことが話題になった。その対話システムの設定は十代の移民であるということになっていた。移民なので英語がそれほど得意ではなく、十代なのでまだあまり人生経験がない、という姑息な設定に試験官がまんまと騙されたということである。この対話システムが知能を持っているというより、この対話システムの設定を考案した開発者が知能を持っているに過ぎない。ローブナー賞は人工知能の技術の追求というよりは人間をいかに騙すかを目指したあるいは人間がいかに騙されやすいかを示すコンテストになってしまっていると思われる。

 最近の対話システムは大量のデータを統計処理あるいは機械学習(両者は手法としてはもともと異なるものであるがその効果はかなり重なっている)で処理して行なっている。従来の対話システムの不自然さの一つは同じセリフを繰り返すことであったが、大量のデータがあれば同じセリフを繰り返さなくても済む。コンピュータは相変わらず対話の意味はまったくわかっていないが、大量のデータのおかげでぼろを出すことなくもっともらしい対話を続けることができる。スマートフォン上の対話システムが多くの顧客を獲得していることは、現在の対話システムがかなりの程度うまく人間とコミュニケーションできているということである。

音声対話システム

はじめに/対話システムとチューリングテスト
音声対話システム
身体性/おわりに

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