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こころの健康シリーズ[ 国際化の進展とメンタルヘルス

No.12 新型コロナウイルスと外国人留学生

東京大学相談支援研究開発センター 大西晶子


1.はじめに

 2020年春の感染拡大の只中で、大学生を対象に行われた各国調査では、キャンパス閉鎖による生活様式の急変、学業負担の増加、社会的相互作用の減少、さらに自分自身や家族の感染への不安がストレスとなり、また個人的な事柄を話せる相手がいない孤立状況が、メンタルヘルスに負の影響を及ぼしていることが指摘されている(たとえばCao et al.,2020; Matos et al.,2021; Rabiee-Khan,& Biernat.,2021)。この結果は、通常から孤立しやすく、学業の負荷も大きい留学生が、コロナ禍においてとりわけ困難な状況に置かれていることを容易に想像させる。対象を留学生に限定した調査は限られるが、在中国の留学生を対象とした調査では、抑うつ症状などが高い割合で報告されており(Alam Md.etal.,2021)、またLaiら(2020)は、米国や英国等に留学していた香港出身学生のうち、現地に留まった学生と一時帰国した学生とでは、前者のほうがストレスが高く、異国でのソーシャルサポートの不足、アジア人差別、留学先国の感染対策への不信感等が、その理由として指摘されている。

 留学生のメンタルヘルスの状態は、留学先と家族の暮らす国の両方に影響される。また感染拡大のピーク期は地域により異なっており、社会生活への影響の程度にも差がある。そのため調査の時期や場所、また留学生の出身国によっても、留学生の体験は多様なものとなるだろう。ここでは、入国制限が未だに続く日本の留学生について、首都圏の大学の留学生相談の場からみえる様子を踏まえながら報告を行い、理解を深めていきたい。

 

2.感染症の拡大と留学生

 2020年1月半ばの春節前後から、ウイルスに関するニュースが報じられはじめ、その後瞬く間に感染地域が世界中に拡大した。まずは表1に示す、感染症拡大の各フェーズに沿って、大学と学生の状況を思い返してみたい。

 I期においては、3月上旬に中国・韓国の一部地域からの入国が制限され、中旬には留学中の日本人学生の安否確認や緊急帰国、さらに3月末には国内の感染者数も増加しはじめ、4上旬には海外からの新規入国・再入国が停止される事態となった。また直後の緊急事態宣言の発令によって、大学の対面機能の大半が停止し、学生とのやりとりはメールを介したものとなった。諸外国では、学期途中にキャンパスや学寮が閉じ、留学生が早期帰国を余儀なくされるなどの混乱が生じていたが、新学期と重なった日本では、一時帰国中の留学生や入学予定の新入生の多くが入国できないという形で、まずは問題化した。連休明けごろまでには、国内の大半の大学がオンラインで授業を開始し、留学生支援においても遠隔会議システムを用いた面接が可能となった(第U期)。その後日本の感染者数は落ち着きはじめ、V期に入ると、トンネルの出口が見えたかのような社会的空気の中で、大学の活動も一部対面に戻っていった。また再入国や、ビジネス・留学等の目的での新規入国の再開もアナウンスされ、大学は学生を受け入れる準備に追われた。

表1 新型コロナウイルス感染症の拡大状況と留学生の出入国状態

時 期 新規入国 再入国 状 況 国内外の感染拡大
T 2020年3月-4月末 停止 停止 3月上旬より一部入国制限・4月3日より全面的に停止 4月上旬 緊急事態宣言・キャンパスの入構制限・拡大地域:中国・韓国・イラン・イタリア等
U 5月-7月上旬 停止 停止 引き続き停止 引き続き外出・活動制限・拡大地域:欧州・北米・ブラジル等
V 7月半ば-12月下旬 再開 再開 再入国禁止の解除新規入国の再開 大学の対面活動一部再開・拡大地域:世界各国 欧州・北米
W 2021年1月-9月末 停止 新規入国の停止 年末年始に感染再拡大/オリンピック開催/日本人学生の交換留学派遣等再開・拡大地域:インド・東南アジア
X 10月-11月末 停止/再開方針 新規入国の再開アナウンス 大学の活動制限の緩和/入構制限の緩和・拡大地域:欧州・北米
Y 2021年11月末以降-2022年1月現在 停止 オミクロン株発生により再度停止 2022年1月上旬より感染再拡大・拡大地域:世界各国

 

 10月から12月の間に多くの学生が来日したが、再び感染者数が増加し始めると、年末に突如新規入国の再停止が通知され、以後2021年の9月末までの長期間(W期)、水際対策の緩和は議論されることもなく過ぎていった。オリンピックが終わり、感染者数も落ち着きを見せはじめた2021年11月には、ようやく新規入国の再開となり(第X期)、入国を待ちわびた留学生の喜ぶ声が報じられた。しかしその直後、オミクロン株の発生により状況が一転、新規入国は再停止され、そのまま年明けを迎えた状態の中に、現在はいる(第Y期)。

 第T、U期は、多くの国が同様に外出自粛やロックダウン状態にあり、ウイルスに対する恐怖や不安を感じながらテレビやインターネットのニュースにかじりついていた。オンライン面談が可能となると、誰とも会わずに一人部屋で過ごす留学生の姿が把握できるようになり、生活の変化への適応にそれぞれが苦戦している様子がみられた。相談では、不安や不眠等が、隣室の騒音、図書館が閉鎖され学習スペースを失ったことなど、現実の問題とともに語られることが多かった。また再入国出来なくなった学生からの相談は、無人のアパートへの家賃支払いなどの現実的問題の対応や、入国可能性への問い合わせが中心であった。さらに、3月に卒業した元学生の中に、国際線のキャンセルや空港の閉鎖により帰国出来ない学生がいることや、入国できず内定が取り消されている学生、翌年卒業予定の学生の就職活動が宙に浮いている様子などがみえてきた。

 その後、大学の活動が徐々に再開したV期以降は、国内の留学生の生活状況やメンタルヘルスの状態は多様化し、相談内容も個別化していった。また状況の長期化とともに、感染そのものへの不安や心配よりも、様変わりした学生生活の影響が強まりつつある。その中には、国内の学生の体験と共通するものも少なくないが、以下では特に、留学生の独自の体験について取り上げてみたい。

 

3.留学生の体験

1.はじめに/2.感染症の拡大と留学生
3.留学生の体験
4 留学生支援の場から/a>

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