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心と社会 No.100 31巻2号
100号記念座談会
−日本の精神保健 過去・現在・未来−
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4.予防について
【西園】精神衛生にしろ、精神保健にしろ、運動が精神医療をやりやすくする、そういう社会啓蒙の役割を持っていたと思うのです。
もう1つ大事な点は、日本の活動の歴史を振り返ってみると、予防に対して、どれだけのことがやれるかという点で、予防に関しての努力があまりやれなかったという点はありはしませんかね。
【江畑】そうですね。呉先生の精神病者慈善救治会の発足の趣旨の中にも「精神病を予防し」という「予防」という言葉が入っているのですけれども、おそらくその当時の予防という概念と、最近の予防という概念が少し違うのではないかと思うのですね。その時代は遺伝的なものをより重視する見方での予防ということだったのではないか。
ところが、近年の予防精神医学はもっと積極的な、分裂病でさえひょっとすれば予防の可能性があるのではないかという方向に向かいつつあるので、そういう意味で精神衛生ではない、精神保健の活動がより重要性を増してきたのではないかなと認識しています。
【西園】福岡で十数年前に「健康づくり会議」というのが組織されたことがあります。現在の人間は大部分が半病人。本当に病人にならないためにどうしたらよいかということで市長が諮問しまして、健康に関していくつかのグループに分けて議論したんですよ。ほかのところはちゃんとできて、健康づくりのための会館までできて、財団をつくってしまったのです。精神のほうは、私が責任者でやっていたのですが、話が進まなかったのです。分裂病の患者さんの社会復帰、受け皿をどうするという、そこに入ってしまって。ほかの分野のグループの人たちは半病人の人たちを病人にしないための対策だけれども、精神のほうは行政が対応できず、そこまでいかないのです。
その結果、精神保健は切り捨てて見切り発車しました。
【江畑】それは昭和何年頃でしょう。
【西園】いまから14、15年前です。けれども、今考えてみると、予防にもいくつもの段階があるわけです。再発予防のための活動にしても分裂病の場合、それからうつ病などの場合、予防、これは一次予防ですが妊婦や産婦のそのような種類のものが子どもの情緒発達に影響を与えるといった認識があるわけですね。そういう精神科医が体験した事柄を社会に還元して、本当に予防するという事柄がだんだん可能になってきているんだろうと思うのです。
それだけにこれからの精神保健というのは新しい、よい展開ができるのではないですかね。そこのところは精神科医が臨床場面で理解したこと、体験したことを、社会にどう還元するかという、その姿勢がいるんでしょうけれども。
【加藤(正)】われわれの精研ができたのは戦後5年目ですからかなり早かったのですよ。理想に燃えた人たちが集まったわけです。たしかにいまおっしゃったような理想を皆掲げて、第1次予防でなければ予防ではないと。2次、3次は治療だという考えで皆やっていたわけです。
しかし、そういう善意の方々、ここにいらっしゃる方々も皆そうだったけれども、私たちも戦後、戦地から帰ってきてそういう中に飛び込んだわけです。8年半ぐらい病院勤務もやりましたけれども、結局それだけ善意の方がいらしたにもかかわらず、長期在院患者が増え、人口比精神科病床が世界で最も多くなってしまったことや、先進国として精神病院の勤務者が質量ともに不足していることなど国際的に批判されるような日本の精神医療の状態になぜなってしまったのかということは、私にはとても納得できないのです。かつてケネディが1962年に「アメリカの精神病院はアメリカの恥だ」といったことが、日本にあてはまります。
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