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心と社会 No.100 31巻2号
100号記念座談会
−日本の精神保健 過去・現在・未来−

 


9.疾病管理から健康管理へ


【江畑】加藤先生が以前からやっていらっしゃった産業精神保健とか家族精神保健とか、そういう領域はむしろこれから精神科医がやるべきものではないかと。

【加藤(正)】あれは健康管理で病気を管理していませんから。

【江畑】そうですよね。むしろそれが予防にもつながるわけだし……。

【加藤(正)】そうです、健康管理ですからね、いかに早くやるか。疾病管理でなんかやったら皆敬遠されてしまう。

【江畑】幸いにして職場などでもそういうメンタルヘルスに関心を持つところがだんだん増えていますね。

【西園】大事なことですね。そういう職場の精神保健というのは非常に大事ですね。

【江畑】たとえば、職場でうつ病だなんていうのは、ほとんど偏見がないんじゃないかと思いますけれどもね。

【加藤(正)】地域診療の考えで、もう病院だけで患者を診ないで、普通の一般の人の中へ入っていって、そこで「健康を守る」といって、心の健康も身体の健康も診ますといってやっていかないと、精神科医の将来はないですよ。日本で精神病院にいらっしゃる方も地域にどんどん出ていって(産業医の資格もすぐ取れますから)。心身の健康を相手にしていくという新側面を開拓していく。それは学校保健もそうですね。私はそう心配はしていません。皆さんが一生懸命にやっていらっしゃるから。

【江畑】それと関連して、社会の人の偏見というのも、そういった職場のメンタルヘルスが普及するのと同じように、だいぶ減ってきたのではないかと思いますけれども。たとえば今、本格的な疫学調査としてはやられていませんけれども、各地でニーズ調査というのをやっていますけれども、あれはほとんど抵抗なくやられているのです。東京でもやりましたけれども、まったく抵抗なかったです。

【浅井】今、障害者基本法に則った形で市町村障害者計画を立てるにあたって、障害者のニーズをくみあげてやるということで、けっこういろいろなところでわりと踏み込んだ調査をやっていますね。

【江畑】そうですね。ですから、そういう意味では偏見も少しずつ薄らいできていると思います。

【加藤(正)】ただ頭でわかっていても、情緒的にはピンとこないんじゃないですか。私たちが30年前にやった調査の結果は、インテリの答えは模範答案が帰ってくるんですが、投影法などを使ってみると全然逆なんです。農村や炭鉱の人のほうが情緒的には温かいものを持っているのです。「それはかわいそうだから」といって、なんとか面倒をみてやろうという調子なんですね。

【西園】偏見解消の試みとして申しますが、岡山に慈圭病院というのがありますけれども、これは財団なものだから税金を払わなくてよいせいか病院の中に売店があり、家族会に運営をまかせて、そこで上がったのは家族会の活動費にしていると。そのような病院の根っこ、透明性というのを出しているんですけれども。私が感心したのは、病院のそばに馬鈴薯畑と玉葱畑があるんです。その植えつけのときに小学生の憩いの時間のときに、小学生と一緒に植えさせるのです。

 それで憩いの時間に来て草取りを一緒にしている。修学旅行に行った小学生が、その患者さん宛に葉書を書いているのです。収穫のときにはビニール袋に馬鈴薯と玉葱を持って帰らせて、「きょう帰ってお母さんにカレーライスをつくってもらいなさい」といって渡しているのです。そういうことをデイケアの患者さんと小学生とがやっているのです。そういう楽しい体験、帰って家族を含めてカレーライスをつくった喜び、そういうのを小学校のときからやっているのです。そういう病院もあるのですね。

【江尻】三枚橋病院もそのようなことをしているのではありませんか。「燃える精神病院」とかいう映画がありますね。病院に子どもたちが行き来していますし、町の人が来て運動会とか夏のお祭りとかいろいろやっているのです。ですから、学生にそういうものを見せたり話したりすると、少しずつ偏見が少なくなってくるような気がするのです。

 学生を見ていましても、わりと精神科に行くことに抵抗がなくなりましたし、カウンセリングを受けにくるときに、このごろは窓口に来て「私、カウンセリングを受けたいですけれども」という学生が、以前に比べて非常に増えてきたのです。

 ですから、そういう意味ではだれでも病気になることがあるというようなことが理解されてきたと思います。特に大学などですと皆落ち込んだりいろいろしていますから、カウンセリングを受けることに抵抗がないのかもしれません。親も「うちにはそんな病気になるような血統はないんですけれどもね」などということは、あまりいわなくなりましたね。以前は「おたくのおじょうさん、こういうわけで……。どうしても病院に入らないといけないと思いますが」と申しますと、「うちはそんな血統じゃない」というような親がかなりありましたけれども、少しは変わってきているかなと感じます。

【浅井】たしかに病院が地域に開かれて自由に出入りができる。私共でも毎年5月に「はんてん木まつり」というお祭りがありますが 4,000人ぐらいの市民が参加します。昔は「正気(しょうき)小学校のそばに気ちがい病院がある」なんていわれていたのですけれども、その「はんてん木まつり」のオープニングは正気(まさき)小学校のブラスバンド隊がやったり、地元の中学校のバンドが来て演奏してくれたり、自然に交流します。たとえば授業でスケッチに来たり、秋になると落ち葉掃除に来たりと、ごく自然に子どもたちが病院の敷地内に入っていく中で患者さんたちと一緒に交流しています。

たまたま患者さんたちがよその農家の畑に入ってトマト等を食べてしまったりはしますけれども、ごく自然に受け入れられていく素地はあると思います。私どもでは20年前から撤去していますが、たしかに、鉄格子に囲まれた精神病院というものを見ると、一般市民の間ではそれだけでも、すごい拒絶反応があるでしょうし、精神病院のイメージそのものがやはり変わっていかないと地域の中ではやはり受け入れがたいかもしれませんね。

グループホーム(3棟)や援護寮などをつくるときも地域の人たちの反対はまったくなく、地元の人が逆に建物をつくってくれて、それをこちらが借りるという形でグループホーム等もやっています。都会ではなかなかそうはいかないかもしれないですが。

【江畑】去年、サルトリウスが精神神経学会でしゃべったときの受け売りなんですけれども、「これからは偏見の問題について、単に偏見の打破という主張をするだけではなくて、偏見を解消するために科学的方法を考えてやっていくべきだ」という話をしていて、その話を聞いたあとで、たまたまWHOとWPAのインターネットを見ると、そこにアンティ・スティグマ・キャンペーンというのをやっているのです。つまり組織としてストラテジーを立ててやっているんです。

【加藤(正)】どういう人がやっているのですか。患者か家族ですか。

【江畑】いやいやそうじゃない、WHOの職員がやっているんです。その中にアンティ・スティグマ・キャンペーンの部署があります。WPAにもあるのです。そこでストラテジーを立ててやっているのです。ですから、これからの精神保健運動はおそらくそこが焦点になっていくんだろうと思いますね。

【加藤(正)】ただ近ごろ思いがけない犯罪が増えて、一番困るのは「心神喪失はこれを罰せず」の問題ですね。あの辺のところが素人の人が聞くとどうも納得できないようですね。あれをわからせるには法制度的問題が大変だと思います。

【江畑】それは今後の大きな課題ですね。

 きょうは、精神保健の過去・現在・未来についてたくさんの有益なお話を賜わりました。本当に充実した 100号記念の座談会を催すことかできまして、どうもいろいろありがとうございました。

−了−

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