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心と社会 No.113 34巻3号
巻頭言
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厚生労働省 睡眠の指針ができるまで
−国のメンタルヘルス取り組みの一面−
睡眠の問題はメンタルヘルスの課題として重要なものの一つである。我が国の成人の5人に一人は睡眠の問題を持っており、6〜7人に一人は眠るために薬やアルコールを服用している。精神疾患の初発症状として不眠はほぼ必発であり、不眠の経験が過去にあるものほどうつ病になりやすいという報告もある。
国も睡眠の重要性を認識してこのたび睡眠の指針を定めた。これは昨年制定され、本年5月から施行されている健康増進法に係わるものである。健康増進法は平成12年に定められた健康日本21を基礎としている。健康日本21は健康寿命という考え方を取り入れ、それを平均寿命に近づけようという意図から始まった。すなわち、寝たきりや痴呆患者が多くなり、平均寿命が伸びても、晩年は必ずしも健康で質の高い生活を送っているとはかぎらない。そこで介護度や平均余命の資料から、他人の支援を必要とするまでの年齢、すなわち健康寿命を算出して、それと平均寿命との差をできるだけ少なくすることを目的として70にのぼる目標値を設定した。ちなみに平成12年のデーターでは男性の健康寿命は75.7歳で、平均寿命と約8ヶ月の差があり、女性では81.5歳であり最後の1年5ヶ月は他人の援助が必要という結果であった。
健康日本21では、栄養、休養、運動、アルコール、煙草、歯、がん、循環器病などが主要項目に掲げら得れているが、その中にメンタルヘルスも挙げられている。メンタルヘルスに関する目標値は4つある。
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「最近の1ヶ月間にストレスを感じた人」の割合は現在54.6%(平成8年度調査値)であるがその1割を減少
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「睡眠によって休養が充分にとれない人」の割合は現在23.1%(平成8年度調査値)であるがその1割を減少
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「眠りを助けるために睡眠補助品(睡眠薬・精神安定剤)やアルコールを使うことのある人」の割合は現在14.1%(平成8年度調査値)であるがその1割を減少
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自殺者の数を31,755人(平成10年厚生省人口動態統計)から22,000人に減少させる
健康増進法が成立し、目標内容を拡げ、目標達成に向けて、さらに進展させる動きが大きくなっている。その一例として睡眠指針が制定された。その内容は表1の通りである。全部で7ヶ条であるが、そのおのおのに小項目がついている。たとえば第5条には、同じ時刻に毎日起床、早起きが早寝に通じる、日曜に遅くまで寝床で過ごすと、月曜日の朝がつらくなるといった小項目がつき、さらにそれらについて簡単な解説がついている。この指針は各市町村が健康増進計画を進める際の指針となる。おそらく各自治体はこの指針をもとに、パフレットを作成したり、講演会を催したりして知識の普及に努めることになろう。
この7ヶ条の指針は厚生科学審議会の検討会によって検討されだが、筆者が座長を務めた。医師、看護師、栄養士、歯科医師、保健師、ジャーナリスト、有識者といったメンバーが事務局試案を検討してできたものである。じつはその基は国立精神・神経センターの精神・神経疾患研究委託費研究活動(主任研究者:内山真 国立精神・神経センター精神保健研究所部長)によってできたものである。すなわち、委託費の研究班が3年がかりで睡眠障害の診断と治療のガイドラインをできるだけエビデンスに基づいて作り、その中に睡眠の12ヶ条を盛り込んだ。その12ヶ条がベースとなったのである。いわば厚生労働省が後押しした研究成果が指針として実を結んだことになる。
ストレスの克服や自殺対策などにも厚生労働省はいろいろな形で取り組んであり、さらにその対象を広げて、国民のこころの健康を増進するための運動を進めてゆくであろう。健康増進法が制定されてそのような運動がいっそう行いやすくなった。
厚生労働省は最近別な観点からメンタルヘルスへの取り組みを進めることを宣言した。それは社会保障審議会障害者部会の中の精神障害分会の報告書に盛られている。精神障害分会では今後の我が国の精神保健医療福祉のあり方について平成14年1月から1年間をかけて検討した。報告書は6つの柱からなっているが、その柱の一つがこころの健康増進である。その内容は精神疾患や精神障害に対する国民の理解を進め、誤解や偏見を克服しようという目的が最初にあり、ついで自殺対策、PTSD対策、子供のこころの問題対策、睡眠障害対策と続く。その他の精神障害に関しても知識の普及、啓発により一次予防が重要であることもうたわれている。このような対策を具体的に進めるために、厚生労働省では検討会の立ち上げや厚生労働科学研究費による研究の推進を行っている。
健康増進法や精神分会報告書の他にも国のメンタルヘルスへの取り組みが行われている。このように国がいろいろな形で、いろいろな側目からメンタルヘルスに取り組んでいるが、きわめて好ましいことである。そこまで国がメンタルヘルスに関心を示したことはこれまでにないことのように思う。このような施策が確実に実施されることを監視し、国民のこころの健康度を高めるために、その動きをさらに加速させてゆくことが、メンタルヘルス関係者の任務である。
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