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心と社会 No.119 36巻1号
巻頭言

患者個人の意味をみつけ、考える能力

本明 寛
( 早稲田大学名誉教授 )

 1999年9月9日にラザルス(Richard S. Lazarus)が日本健康心理学研究所創立8周年の記念講演に来日された。「ストレス対処の仕方に関する研究方法上の問題点」という演題で講演をした。講演の内容はストレス研究として、新しい方法を提案された。

 「ストレッサー─ストレス反応」としたセリエ学説に対して、ストレス反応を「対処」におきかえた点からすべての批判が始まっている。「対処とは絶えず変化して止まらない、認知的な行為による努力の過程であり、その過程を通して、自分の力ではどうすることもできないような、生活環境の過酷の出来事へと自分自身の欲求(不満)との関係を調整してゆく営みである」と定義している。簡単にいうと「対処とは心理的なストレスを、どうにかやりくりしていく努力の過程」となる。この「努力の過程」こそ彼の指摘する「個人の主観的」な健康観やものの見方、考え方、社会的な有能性(social functioning)、そのときどきの身体的健康度など」の心理的作用に関係するのである。勿論、その過程はプロセス論、全体論の立場をとっている。例えばアセスメントにおいて、このプロセス論、全体論をとると、簡単に「×型」があなたの特性であるといえなくなってしまう。彼の「ラザルス式ストレスインベントリー」でいう「問題解決型」「情動中心型」の診断もその意味で「あなたは問題中心型」とはっきり決められないし、問題中心型が良いという判断も一概にいえない。即ち対処に対して、固定した考え方がとれないのである。

 ラザルスの「ストレスと情動」の第九章で「流れの中で対処が評価を変え、評価に基づく行為とそれに対する反応は新しい関係的意味(relational meaning)をもたらし、結果的に情動を変える」と述べて、その例をあげている。

 「どうしていつものように、新鮮なジュースを出さないのか」と夫は朝食で怒鳴り、奥さんはしばらく応対してから泣き出した。すると、困ったことになったと思い、夫は妻に対して優しくなる。こうなると奥さんの気持ちも変わってくる。そこで奥さんはオレンジジュースの出し方や云い方を謝る…というように事態の変化が生じる。すなわち情動状態に変化を生ずるのである。このように夫も妻も固定的な「対処型」をとっていないのが普通である。この変化は「認知的評価」即ち夫や奥さんの見方が変化するためであり、「奥さんが泣く]という事実をどんな意味に考えたかが、その時の一番の問題になろう。」ラザルスはこの事実を「努力の過程」といい、ある事実を主観的に「評価」し、それを「意味づけ」て元気を出したり失望したりするわけである。これを広く解釈すると、個人のある行動を「何型」であると断定するのは容易なことではないということになる。「問題中心型」と「情動中心型」も総合的関係から、どう意味づけるかといった全体的な作用を考えざるを得ない。対処は「互いに補いあって、ストレス状態から脱却を可能にする」とラザルスは述べている。

 1998年の『ストレスと情動』(Stress and EmotionA New Synthesis 1998)の中で「この本の執筆の目的は、ストレスと情動に関して、我々の理解の中心としての評価、対処プロセス、関係的意味を強調した私の晩年の見解をまとめたいという願いのためである」と書いている。彼のストレス研究はある意味では「ストレスは広い意味での情動の一部分である」ことを立証した。彼の独特な研究理念からストレスを快と不快の15の特性に分けている。また、ポジティブの情動とネガティブの情動によっておこされたストレスの内容はかけ離れたものではないとした。違いの出てくるのはその人個人の認知の仕方や受け取り方によって異なって感じるのである。感じ方が情動を決しているというのである。

 そこでアセスメントやカウンセリングの際に相手にどのように伝えるかが問題になる。また相手がその説明を聞いてどう感じ、どう反応するかが問題であろう。情動問題はこのような関係的配慮が必要である。本人にとって有意味であるためには、本人がどのようにある言葉を受け取るかが決定的になる。カウンセリングではこのように個人のもつ意味づけ能力が重要であろう。すなわち意味づけすることによって、情動の変化が生ずる。

 したがって、「先生にすべておまかせいたします」という患者さんの言葉は、「先生のご説明で私なりに一所懸命努力していきます」というのが医者や心理学カウンセラーに対する患者のコトバであろう。患者の自主的、主体的立場が今日臨床で注目を浴びている。


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