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心と社会 No.145 42巻3号
巻頭言
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危急時のリーダーシップ寸感
日本人なら記憶していないはずがないという日付はこれまで阪神淡路大震災であった。1995年1月17日である。今後しばらくは、2011年3月11日となるであろう。
『文芸春秋』(5月特別号)によれば、今回の東日本大震災でもっとも早く行動を起こしたのは、国土交通省・東北地方整備局である。局長の徳山日出男は阪神淡路大震災の再来あるいはそれ以上と判断して、主な職員を集合させ、東北地方44箇所の国道事務所と百ヶ所の出張所の職員の安全と通信の無事とを確認させた。ここまでなら阪神淡路大震災の時とちがって、勤務時間中だから普通のことだ。
しかし、そこからが違う。防災課長の熊谷順子(じゅんこ)はただちに「局長、ヘリコプターを上げます! 無人(職員を待たずに)で上げます!」という意見を具申した。
歪んで開かなかった仙台空港の格納庫のシャッターを天井から落下させ、ヘリコプター発進まで地震発生からわずか37分。急上昇したヘリは災害の全貌をビデオ送信した。阪神淡路でもこれが欲しかったのだ。神戸大学精神科医局長は局員の安否はすぐ送ってきたが、何が起こったのかの確認方法は「東京のテレビに何が写っているか」だった。東京の友人に電話で聞いたものだが、誰も似たようなものだったらしい。
最初に何をするべきかは、今も変わらない。払暁と勤務時間中との違いはあれ、危機管理がここから始まるのも変わらない。さらに、徳山局長はつづいて、他の何の要望があっても無視して「道路をシャベルカーで啓開せよ」と命じている。そのとおり、私は瓦礫を排除して一本の道が開かれているテレビ映像を翌日には認めている。阪神淡路大震災ではわれわれの「裏道路マップ」配布には4日はかかった。
災害においてはリーダーシップはまず現場で発揮される。これは、今回の震災を暗に踏まえた兵庫県警高官の言である(日経地方版所載)。警察の場合はわかりやすい。精神医学でもしかり。
東日本大震災の場合には、兵庫県は経験があった。台湾大地震の時、現地首脳が神戸にやってきて、こころのケアセンター(地域コケセン)の仮事務所の一室で、地域コケセンのスタッフは2名と3名のどちらがベターかといった細部まで私たちに直接問うては決めて、3時間以内でデザインを終えて帰っていった。台湾の要人たちはさすがだった。兵庫県には今回の震災(兵庫県は宮城県担当)でも、県の前回の経験者が残っていた。偵察車両をレンタカー協会とガソリンスタンド協会への依頼によって手配し、偵察チームを直ちに日本海側を通って仙台に到達させ、被害の少なかった現地小自治体と助言・協同協定を結んで現地に何が必要かを報告させている。自衛隊の偵察隊と競う早さであったといっても許されよう。それぞれ、人と物との何を必要とするかを調査、聴取するためである。
このような経験は、東日本大震災を最初の経験とする各地の精神科医にも今後の蓄積として生きるであろう。しかし、今はどうであろうか。関西広域自治体連合は府県ごとに担当被災県を決めてことに当たっているが、そういうものは他では決まっているのであろうか。精神医学では特に現場がリードすることが重要─それは必ずしも面接の現場ばかりではない─であり要請されるだろう。精神医学は精神薬理学によって大きく進歩したが、その代償として患者との距離が遠ざかる傾向も生まれた。理由がどうあろうと、現場に立つことは必要なことであり、よく研修医などを伴って私は往診をした。ポリクリ(臨床実習)の延長としてしたこともある。それは震災の時にアウトリーチとなって復活した。精神医学に象牙の塔は似つかわしくない。
このようなことを考える中で思うのは、行き過ぎたマニュアル主義の弊害である。かつて、執着性気質はある倫理を想定し、その中でのみ抽出された。今、新しい鬱病が抽出されているが、かつての執着性倫理がマニュアルの倫理に次第に置き変わったことと無関係ではないだろう。
私もマニュアルを2つ作ったことがある。「ウイルス学実験手技」と「精神科往診マニュアル」である。前者第2版はガリ版のまま40年使われたが、マニュアルの倫理はそれ以前と全く違うことを実感した。書いてないことは作成者の罪であり、書いてあるのに実行しなかったものは使用者の責任で、この2つは画然とした区別があり、明確な言語を使って、この[オール・オア・ナン]をすべてに貫徹させる必要がある。これでは法律である。いや、法は生かすも殺すも人間であるといわれる。しかし、マニュアル世界の鬱からは外国旅行中は解放されていても不思議でなかろう。
最後に、精神医学は患者の尊厳と自主を重視する寸前まで来ていると私は思う。慶應義塾大学の水島広子は、われわれは人間の専門家ではなく医学の専門家であるという。人間として上位に立てるいわれはないことになる。できるだけ断定を避け、その代わり今後どうなるかなどのアセスメントを告げるのを重視せよといい、また相手を動かすコントロールを出来るだけ少なくし、自己をコントロールする意味でのコントロールを重視せよという。もともとこれはPTSDの対人関係療法について書かれたものであるが、私が及ばずながら統合失調症治療においてつとめてきたことを要約しても同じことになる、としばし感慨にふけった。自己コントロールの機会は言語よりも絵画療法がずっと大きい。そして、それは言葉を育て、比喩を広げる。よく使った絵画療法にはそういう意味があったのだ。すなわち、治療の場のリーダーシップをとりながら、患者本人にもセルフコントロールを大幅に認めることである。
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