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心と社会 No.146 42巻4号
巻頭言

精神医療のグローバル化
─現代社会のニーズに応える必要がある─

榎本 稔
(拓殖大学客員教授/医療法人榎本クリニック理事長)

 日本社会の20世紀は激動の世紀であった。世紀の前半は、日露戦争、第一次世界大戦、第二次世界大戦と「戦争の時代」であった。

 第二次大戦後、日本社会は「混乱と再建の時代」(昭和20年代)を経て、「高度経済成長と安定化の時代」(昭和30年代)となった。40年代には「激動と多様化と国際化の時代」を通り、50年代には「バブルと不確実性の時代」に突入し、豊かな社会における社会病理が噴出し、反省と模索の時代を迎えた。平成期に入り、バブル崩壊とともにデプレッション(経済的には不景気、社会心理的にはうつ病)の時代に陥り、自信を喪失し、方向舵を失い、先行き不透明の霧の中に、日本社会は迷い込んでしまったのである。現代社会は大量生産、大量消費の豊かな時代となり、大衆社会現象を露呈するに至った。

 マスメディアとパソコンと携帯電話の異常な発達により情報が氾濫し、情報化社会を現出した。社会機能の専門化・細分化が進展し、各集団間の衝突と分裂をきたし、調和を欠いたアモルフでアノミーの状態を呈するようになった。

 現代人は多数の集団に分属し、自己の内部においても、分裂した不統一の人間像を呈し、孤独で著しく不安定な状態に立たされているのである。男女の人間的表現と自己主張、個人の主体性を尊重する現代家族は、統一体としての家族意識は稀薄化し、その都度、結合・離散する、合理的で機能的で個性的な、砂糖菓子のような存在に変質してきている。

 多様化した価値観の中で、方向性を失い、疎外され、生き甲斐を喪失し、空洞化した心をもつ現代人には、相談やカウンセリングや精神療法が必要となっているのである。

 21世紀は「心の時代」ともいわれているが、開幕早々、米国の同時多発テロ、アフガン戦争、イラク戦争(文明の衝突?)、金融危機などさまざまな事件が相次ぎ、「不安な時代」となっている。

 さらに世界はグローバル化し、国際競争はますます激しくなり、仕事も結婚も生き方も、すべて自己判断し、自己責任において、自立した行動をとらなければならなくなってきた。人々はつねに自立を求められ、孤立し、心の癒しを失ってしまったのである。

 このような激動の時代に、心のバランスを失い、心の問題や悩みや病気を抱える人々は数多くいると推測される。

 人々は心の癒しを求めて、ある人はスポーツに励み、グルメを楽しみ、ある人は健康食品を求め、大衆薬や精神安定剤を服み、喫煙し、酒を飲み、はたまたギャンブルにのめり込んだり、新々宗教に救いを求めたり、人(親、子、異性)に依存したりしている。さらには街の中のフリースペースに出かけたり、相談やカウンセリングに通ったり、診察室を訪れたりしている。このように、人々はさまざまな「癒し行動」をとっているが、それらが種々の「マーケット」となって、多くのボランティアとビジネスと新しい外来精神医療を生み出しているのである。

 社会的文化的変動とともに、精神医療も大きく変化してきている。

 かつては統合失調症中心の、入院治療中心の精神医療であったが、現代の疾病構造は大きく変わり、外来通院治療、デイケア治療へと転換をとげてきている。

 統合失調症も定型例から境界例・人格障害・行動障害型へと推移してきている。さらにいろいろな段階で、さまざまなタイプのうつ病圏や神経症圏の病態像が増えてきた。

そして子ども・思春期・青年期と老年期の相談が増加し、それぞれの患者が増えてきている。最近の傾向として、不安と抑うつ傾向、強迫的傾向、自己愛的傾向の主訴・相談が増え、その結果、アディクションの精神病理としてのアルコール依存症、薬物依存症、ギャンブル依存症、家族依存症(引きこもりとニート)、摂食障害、児童虐待やDV等が増えてきた。

とくに目立って増えてきたのは、性依存症(性犯罪、痴漢、盗撮、露出症、小児性愛の加害者等)である。それも、大学教授、医師、中学校長、銀行マン、公務員等、それなりの社会的地位・身分のある人々が、である。

 そして、若年層の「新型うつ病」が登場してきている。「社内うつ」で「社外」では友人と楽しく遊んでいる。自ら「うつ病」と称して診断書を求めて来診する。休暇中に気分転換にと海外旅行に出かけていくのである。従来の薬物療法では効果があがらない。また発達障害ブームで、診断を求めて来診する親子が児童外来に押しかけてきている。

 2011年7月6日、厚生労働省はWHOの発表を受けて、従来の癌、脳卒中、急性心筋梗塞、糖尿病の4大疾患に加えて、精神疾患を追加し、5疾患5事業とする方針を固めた。精神疾患が「国民病」と認められたのである。

 このような精神疾患の世界的広がりとともに従来の薬物療法を中心とした入院治療、外来治療、デイケア治療等では対応できなくなってきているのである。

 これらの心の病(現代病)に対してさまざまなアプローチ、相談、治療が試みられているが、今のところ有効な方法論や治療論は得られていない。今後、新しい考え方や方法論、相談技法、治療論、受け皿を創意工夫し、展開していく必要がある。

 

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