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心と社会 No.149
巻頭言
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福島の社会とこころの復興
丹羽真一
福島県立医科大学 会津医療センター準備室
震災・原発事故から1年半 福島の今日
昨年3月の東日本大震災と福島第一原発事故から1年半がたとうとしています。地震のための津波や地崩れなどによる被害、原発事故のための放射能汚染への不安、故郷喪失と移住生活の負担など、福島の人々と社会が体験している震災・原発事故による影響は大きなものです。そこで、福島の今日の社会とこころの復興の状況について考えてみたいと思います。
福島は全県にわたる米作や果樹栽培などの農業、小名浜や相馬など太平洋沿岸の漁業が盛んな地域です。福島には200をこえる数の温泉があり、裏磐梯など風光明媚な自然に恵まれ、いわきのフラガール、二本松の菊人形、須賀川の牡丹、歴史に彩られた城下町会津若松など観光地を擁しているので訪れる観光客も多い地域です。
しかし、昨年は農業も漁業も、観光業も放射能汚染への心配と二次的な風評被害により大きな打撃をこうむりました。こうした打撃から立ち直ろうと福島県民は全国からの支援者と共同して、例えば果樹一本一本の樹皮を剥いで除染するという気の遠くなるような作業、産品のこまめな放射能測定による安全確認、地域ぐるみの除染などを進めてきました。今年は昨年中止となった様々な行事も復活し、7月末には相馬の野馬追も震災前と同じに実施されるなど、福島県の復興へ向けた動きは着実に進んできています。
こころの復興
しかし、相双地域の21万人は住み慣れた土地を去って避難生活を余儀なくされましたし、その多くは依然として仮設や借り上げアパートでの生活を続けていて、故郷へ戻る見通しが立たないままです。県外へ避難して戻らない方も6万人以上おられると聞きます。自治体ごと避難を余儀なくされた村や町が自治体住民を対象に行ったアンケート調査では不眠を訴える人が37%くらいおられ、アルコールを飲むことが増えた人が17%くらいもおられるなど、避難生活のストレスと将来への不安からこころの問題をかかえる人々が多いことがうかがわれます。福島県と福島医大とが共同して行っている県民健康管理調査の詳細調査(心の健康度と生活習慣の調査)では、「うつ」を計る調査項目への回答で通常の正常域を越える人が大分と増えていると言われます。
こうした調査からも福島の復興には心の健康の復興が欠かせないことが明らかになっています。災害や心的な外傷は心に傷を負わせますが、人々の心には必ず外傷からの回復力があるはずです。回復力を引き出す、伸ばす施策と働きかけを大切にしたいものです。災害による外傷からの回復力を示す好例として野口英世を挙げることとしています。英世が10歳の時にあの磐梯山の大爆発がおこり、英世はそれを直接に体験しています。大変な心的外傷体験であったに違いありません。しかし、英世が高等小学校へ入れたのは、大爆発の後から彼の尋常小学校の成績がめきめきと上がったからなのです。実際、英世はその災害の後から勉強への熱意がうんと増したようで、よく勉強するようになったそうです。これは外傷からの回復力の好例ではないでしょうか?
これからの課題
今回の大震災と原発事故による被災・被害は、広範な地域を巻き込み、生活を根こそぎ変えてしまい、生計の拠り所を無くしてしまったことに特徴があります。こうした現状を踏まえると、こころのケアには次のような課題があると考えられます。1)精神疾患患者の治療の継続と維持、2)震災・原発事故のために新たに発生するPTSDやアルコール依存などへの早期介入、3)高齢者の認知機能低下の予防、4)自殺の予防、5)医療・福祉スタッフのメンタルケア力の向上、6)避難生活が長期化する避難小児のこころの問題に対応、7)放射能汚染への不安から生じるこころの問題に対応、などです。しかし考えてみると、こうした点は日常の地域精神保健福祉に求められていることで、災害時のこころのケアの質というのは平時のこころのケアの質により規定されていると言えるし、非常時のケアは平時のケアが凝縮されたものであるとも言えるのではないでしょうか。
今後の長期的なケアを実行できる体制の整備も重要な課題です。そのため福島県は精神保健福祉協会に委託して県内6地域にこころのケアセンターを設置しました。全国からの支援者など56名のスタッフが各地域で避難生活を送っている方などへの訪問活動を行うようになっています。
浜通り北部の相双地域では精神科医療・保健・福祉サービスの復興と新生が大きな課題になっています。NPO法人「相双に新しい精神科医療保健福祉システムをつくる会」が相双地域のこころのケアセンターとして訪問活動を行う委託を受け、同時に精神保健福祉サービスを受けることが特に必要な人へのアウトリーチサービスも行っています。また、同NPOと連携を取りながらアウトリーチ中心型の診療を行うクリニックの開設も今年1月から始まり、沖縄の新垣元先生が院長となられ、わざわざ沖縄から毎週通って働いておられます。震災・原発事故からの復興が、新しい地域精神科医療サービス提供システムの発展につながり広がってゆくことが期待されます。
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