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心と社会 No.164
巻頭言

精神科専門医制度が持つ意義

山内 俊雄
埼玉医科大学精神科専門医制度委員会:常任委員会委員,整備委員会委員

 平成29(2017)年から、新しい専門医制度が施行されることが医学界の話題になっている。なぜ今、専門医制度なのか、と疑問に思われる方もおられよう。そこで、精神科専門医制度のこれまでの経緯をたどりながら、新しい専門医制度、特に精神科専門医制度の持つ意義について考えてみたい。

精神科専門医制度をめぐる動き、長崎学会・金沢学会

 精神科の専門医制度は、基本的医学領域と呼ばれる18学科の中では最も遅く成立し、平成18年に最初の専門医が認定された。このように精神科専門医制度の成立が遅れたのには、それなりの理由があった。

 日本の医学会全体で、最初に専門医制度が話題となったのは昭和30年ごろのことである。この時期、日本精神神経学会(以下、精神神経学会)も専門医制度についての検討を始めたが、専門医制度の問題を検討する前に、卒前精神医学教育のあり方や卒後教育の内容などについての議論に手間取り、学会理事会に認定医制度(当時は認定医制度と呼んでいた)についての理事長提案がなされたのは昭和43年の第65回総会(長崎学会)でのことであった。

 長崎学会においては、専門医の問題は単に教育の問題だけではなく、精神医療のあり方や学会のあり方など、多くの課題を含んでいるので、専門医制度を施行しても、精神医療の改善にはつながらないとする意見もあり、結論をみなかった。というより、翌年の金沢における第66回大会(いわゆる金沢学会)では、全国的に吹き荒れた大学紛争や大学医局制度、医療体制の問題や専門医制度に対する反対などもあり、結果的には専門医の問題は棚上げとなった。

精神科認定医制度の成立までの経緯とその意義

 このような流れの中で、精神神経学会では専門医に関する議論が凍結された状態であったが、平成6(1994)年ころから、精神科認定医制度を検討する委員会が学会の中に設置され、基本的方向性が示され(いわゆる山内答申)、それに基づいて現実検討が行われた。その結果、「精神科認定医制に関する基本方針」が学会で承認されたのが、平成14(2002)年のことであった。

 このようにして、最初に認定医問題が理事会に提案されてから実に33年を経て、専門医制度が緒に就いたことになる。それでは、この33年が無駄な期間であったかというと、逆に、精神神経学会にとって大変貴重な時間であったとみることができよう。実はこの間に、学会のあるべき姿や社会とのかかわり方、精神科医はどうあるべきか、卒前・卒後教育の問題、精神医療のあるべき姿、そして精神科の専門性とは何かを考えるという、いずれも精神科医にとって根源的な問題が長い時間をかけて議論されたことになる。その結果が「学会基本理念」として結実したということができよう。

精神科専門医制度が意図したことと実施状況

 そのような経緯を経て制定された「精神科認定医制度」が意図したことは、学会認定制はあくまでも精神医療の改善と、卒後研修の充実を促進するものでなくてはならないという原則であった。そして、患者の人権を尊重する態度と精神科医として必要とされる技術・知識を身につけることを求めている。

 このような理念の下に平成18(2006)年から実施された専門医制度では、平成27年までの10年間に、それまで精神科医として医療に従事していた人たちに対する「書類審査」ならびに「試験認定」で、10,500名の専門医が誕生し、一方、「3年間の研修」を終えた上で「書類審査」、「試験認定」によって専門医となった者は平成27年までで、1,080名となった。すなわち、この10年間に11,580名の精神科専門医が誕生したことになる。

新しい専門医制度が意図すること、その影響

 ところで、ここにきて新しい専門医制度が施行されようとする背景になったのは、平成23(2011)年に出された厚生労働省による「専門医のあり方に関する検討会」の報告書である。報告書では「学会ごとに異なる認定基準を統一する」「患者の視点に立った、患者にわかりやすい制度とする」「専門医とは、それぞれの専門領域における適切な教育を受けて十分な知識・経験を持ち、患者から信頼される標準的な医療を提供できる医師と定義する」などの基本的方針が打ち出された。

 現在、この報告書にそって平成29(2017)年からの新しい制度の施行に向けて19基本領域(従来の基本18学科に「総合診療」が加わる)の学会が一定の認定基準に従った制度の構築に努力しているところである。新しい専門医制度は、これまでの精神神経学会の専門医制度の目指すところとさして違いはなく、その意味では精神科専門医制度は他の臨床科より最も遅れて発足したが、長い時間をかけて作った専門医制度の方向性は正しかったことが改めて裏打ちされたということができよう。

 しかし、これまでの学会専門医制度と異なる点は、研修を複数の研修施設群で行うこと、最終の専門医の認定は学会が行うのではなく、中立的第三者機関として、「日本専門医機構」が認定するといった点であろう。

 このような新制度が精神医療にどのような影響を与えるかは、実際に施行してみないとわからないが、現時点では、それぞれの研修施設群が研修のプログラムを示し、それをみて研修を受ける医師(専攻医)がどのような研修プログラムによって研修するかを選択することになる。

 したがって、それぞれの研修施設は、その施設でどのような研修ができるのか、その特色を明示し、それぞれの研修施設が連携して研修施設群としてどのような特徴ある研修ができるかを示すことが求められる。

 そして、それぞれの研修施設は、教育的な視点を持って、専攻医の研修に努めることになり、また、研修の成果を絶えず評価する仕組みを作ることによって、研修の成果が問われることになる。

 精神神経学会では、今後、年間おおよそ500名の精神科医になろうとする専攻医が、全国で100〜150の研修施設群で研修を行うことを想定しているが、どのような研修施設が連携して研修施設群を形成するかによって、地域の精神医療のあり方が影響を受けることも考えられる。現在、研修施設群の形成と研修プログラムの構築が行われているところであり、地域医療も視点においた研修施設群の構成が行われるようにすることに留意しながら、より良い精神科専門医制度を構築すべく努力しているところである。

 そのことによって、わが国の精神科医の質が高まり、ひいては精神医療の向上に結び付くことを願っている。

 

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