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心と社会 No.170
巻頭言

クッキングハウスの30周年

増野 肇
ルーテル学院大学名誉教授

 調布にある精神障碍者の支援施設「クッキングハウス」が設立30周年を迎えた。それを祝うイベントを12月22日にやることになり、私もそれに協力をしている。クッキングハウスの30年をソシオドラマ形式で、しかも歌で綴ることになり、その練習に参加している。日常の生活の中からメンバーの方々が作詞をして、驚いたことに自分たちで作曲し、それを歌いながら30年間に生じたことを紹介しようという内容である。クッキングハウスの活動を応援してきたフォークシンガーの笠木透さんと一緒に活動をしていた「雑花塾」の増田康記さんが協力して、彼らの作曲に手を入れて、なかなか良い曲が出来上がった。毎月1回、彼が指導に来て、立ち稽古をしているのだが、3か月も続けていると、だんだん本格的になっていくのがわかるし、最後に歌われる「平和の歌をいつまでも」は締めくくりに相応しい感動的な曲になっている。出来るだけ多くの人がこのソシオドラマを観に来て、シェアをしてもらいたいと考えている。

 そこで、ソシオドラマを提案した私なりに、この30年の精神保健の状況を振り返ってみたい。30年前というと、その前の年にチェルノブイリの原発事故が起きていて、3年前の1984年に宇都宮病院事件が生じている。私はその渦中にいた。さらに、医師不足のため、今市保健所長を兼務して、それだけでも疲れ果てていた。そんなときに宇都宮大学の教育学部から声がかかり、15年続いた栃木県精神衛生センター長をやめて宇都宮大学で教鞭をとるようになったのである。精神衛生センター時代の最後の頃の事業として、「精神科コンパニオン講座」を行ったことが思い出される。それは、当時出版されたアリエッティの「分裂病入門」(近藤喬一訳、星和書店、1980)*にヒントを得たものであった。看護婦や回復した当事者を教育して、治療助手として活用しようというものであった。精神医療に関心のある市民や、回復者に呼びかけて、数名の人を対象に講座を行った。しかし、受け皿を考えていなかったこともあり、1年で中止してしまった。その後まもなく、神奈川県で精神保健ボランティア講座が始まったのもこの流れの一つと考えて良いだろう。
*1980年に近藤喬一訳でS. Arietiアリエッティの「分裂病入門」が出版された。

 同じ頃、烏山病院の竹村堅次先生に、家族がいないために長期入院を余儀なくされている患者の外泊を頼まれたのがソーシャルワーカーの松浦幸子さんだった。彼女は、そのクライエントを自宅に泊め、一緒に散策をするなどリハビリテーションの援助を行ったのであるが、まさに精神保健コンパニオンの役割を引き受けたといえるものだった。そのとき、彼女は、その女性が食事のときにむさぼるように食べるのを見て、この人にとって一番必要なのは、安心して食事が出来る場所であると気付き、クッキングハウスの設立を思いついたのであった。宇都宮病院事件をきっかけに、精神保健法が成立し、大きな精神医療の流れが出来てくる。外口玉子さんが高田馬場で、同じような施設、池田会館を開始したのもこの時期であった。

 当時、地域での偏見が深く、精神障碍者の施設が認められない事件が報道されていた。それらの設置の反対運動も激しく行われていた。「クッキングハウス」にもそのような市民団体が見学に来て、その代表が、このような施設なら反対しないと約束をして帰ったというエピソードも残されている。

 これまで、精神科医が行ってきた精神医療の改革は、初声荘病院、治療共同体、三枚橋病院などがあるが、いずれも一時的に脚光を浴びるけれどその後が続かない。私が栃木県の精神衛生センター長に赴任したときに小坂英世医師が我が国の地域医療の先駆として栃木県で組織した家族会(やしお会)も全く形骸化していた。医師は権力を持っているので、個人の熱意があれば、周囲が協力して実践できる反面、その人が姿を消すとそこで終わってしまうものが多い。しかし、ソーシャルワーカーが組織したものは、日常の中で必要に応じて組織しているし、それを育て上げるのには並々ならぬ苦労もしているので「やどかりの里」やJHC板橋、のように、地域の中で持続し、広げて行ける力を持っている。クッキングハウスも、この後に、大きな力を発揮している「べてるの家」も、地域の中でその必要性を主張し、育て上げるのに苦労しているだけあって、地域の必要を吸収してだんだんと成長していく可能性を持っているのである。

 この原稿を書いているときに、衆議院選挙が行われようとしている。その結果がどうなるかわからないが、原発の問題も精神医療の問題も同じで、権力が中心となって支配している社会とは異なり、「べてるの家」で言っているように、降りていく生き方の良さや意義を伝えるものでないといけない。この記事を読んで共感されたなら、ぜひ、調布まで足を運んでほしい。そこに、新しい日本の生き方の一つを見つけることが出来るだろう。それが、これからの社会、そして人類にとっても必要だということが少しずつわかってきてほしい。その流れの中で、「クッキングハウス」の30周年が、新しい日本、新しい世界を作る一助となることを期待したい。

 

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