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心と社会 No.173 2018MENTAL HEALTH
巻頭言

AIは精神療法ができるか?

大野 裕
大野研究所

 しばらく前のことになりますが、IT技術を担当しているある公的機関の人たちのヒアリングを受けたことがあります。AI(人工知能)が騒がれ始めた時期で、AIから最も遠い存在として精神療法やカウンセリングがあるのではないかと考えて話を聞きに来たのです。私は、その人たちに、必ずしもそうではないと伝えました。IT機器を上手に使えば、人間だけが行うよりも効果的に精神療法を提供できる可能性があるのではないかと私は考えているからです。

 まず、人間にくらべると機械の方が人を傷つける可能性が低いかもしれません。ある高齢者施設で利用されている会話ロボットについての報道を見てそう思いました。最近は高齢者施設に会話ロボットが導入されているところがあります。まだ簡単な会話しかできませんが、ある高齢者が、人から言われたら傷つくような言葉でもロボットなら許せると語っていたのです。人間相手であれば、これくらい分かってくれて当然だろうと期待して、分かってもらえないと傷つきます。また、自分の気持ちを無視して一方的に話をされると傷つきます。

 ところが、ロボットであれば、それほどの期待はしません。それに、自分から一方的に話しかけてくることもありません。仮に話しかけてきても、スイッチを切ればそれで終わりです。つまり、自分が主導権を握って、ロボットを使うことができるのです。この関係性こそ、精神療法やカウンセリングの基本です。

 精神療法やカウンセリングというと、一般の人たちは、専門家がアドバイスをして問題から解放する手段だと考えていることが多いようです。先に紹介したヒアリングの人たちもそのように考えていました。専門家であっても、そのように考えている人が少なくないかもしれません。そのために、つい自分から話しすぎてしまうことがあります。それを避けるために、逆に聞き役に徹しすぎてしまうこともあります。逆転移が働いて、悩んでいる人中心の関係が崩れてきます。

 それでは悩んでいる人が自分で問題に対処することができなくなります。精神療法やカウンセリングの本来の目的は、目の前の問題に対処できるようになるだけでなく、そのように対処する力を伸ばし、先に進んでいく自信を育てることにあります。つまり、悩んで相談に来た人が自分のセラピストになれるように手助けするのです。主役は、あくまでも悩んでいる人です。

 このように、カウンセリングの目的が、悩んでいる人が自分の力で問題に対処できるように寄り添うということであれば、AIにもできそうです。逆転移が働かないぶん、自然な寄り添いができるかもしれません。もちろん、認知行動療法で使われる認知再構成法や行動活性化などの定型的なスキルの練習はコンピュータが得意とする分野です。

 認知行動療法にITを活用できないかということを私が具体的に考えるようになったのは、2008年のことです。そのころ、携帯電話のサイトでは「寂しい」というキーワードを使って検索をする人が多いこと、しかし、「寂しい」というキーワードで検索するといかがわしいサイトに行ってしまうことを知ったからです。その話を聞いて、私は、寂しいと感じている人の役に立つサイトを作りたいと考え、認知行動療法活用サイト「こころのスキルアップトレーニング(ここトレ)」を開発してきました。利用者の話を聞くと上手に書き込んで、自分で自分の考えを整理できていることが分かります。AIを利用すれば、さらに活用の可能性が広がるのではないかと期待できます。

 それでは、精神療法の分野でもAIがまったく人間に取って代わるのかというと、そう簡単な話ではないと私は考えています。専門家が作り出す場の雰囲気や専門家の第六感ないしは肌感覚など、機械ではできないことが沢山あります。そこに集中して専門家らしさを活かすことができれば、精神療法はさらに発展するだろうかと考えています。つまり、人とIT、それぞれの得意分野を活かした協業です。

 慶應義塾大学の中川敦夫先生や中尾重嗣先生たちが治療抵抗性うつ病に対して「ここトレ」を使って行ったインターネット支援型認知行動療法のランダム化比較試験の結果からも、協業の可能性を感じます。これは対面型個人認知行動療法を基本にして、そのなかでインターネット上のスキルを使いながら問題に対処していく「ハイブリッド型認知行動療法」(中川敦夫)で、個人認知行動療法と同等以上の効果が得られました。それだけでなく、中断率がゼロという結果も得られました。このことは、インターネットの支えがあると治療者も患者も安心して問題に取り組めることを示唆していて、精神療法教育に活かす可能性があると考えられます。

 今後は、専門家や悩んでいる人たちが問題に応じて、人とAIなどのIT技術の役割の最適な配合を考え、上手に問題に対処できる心の力を伸ばせるようになる時代がくることを期待しています。

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