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心と社会 No.185 2021
巻頭言

当事者の思いを叶える「共同創造」の方法:参加型《プログラム開発と評価》の活用可能性

大島 巌
東北福祉大学

 このたび、思いがけずも伝統ある『心と社会』誌の巻頭言執筆のご依頼を頂き、たいへん光栄に感じております。保健学・精神保健学・精神保健福祉学を専門にして来た私にとって、本誌は長い間特別な存在でした。過去の巻頭言執筆者一覧を拝見すると、大学の恩師に当たる土居健郎先生、最初の職場である国立精神保健研究所の上司だった吉川武彦先生をはじめ、精神保健福祉領域の錚錚たる先生方が名前を連ねています。どうしても襟を正しながら、この原稿を執筆することになります。

 さて、巻頭言のテーマをどうするか、考えを巡らせましたが、最終的には、今年3月に前任校の日本社会事業大学を定年退職する折に、最終講義でお話しした内容1)をベースとするのがこの場に相応しいのではないかと考えて、取り上げさせて頂きます。

 タイトルの「当事者の思いを叶える」ことは、精神保健福祉関連の専門家や関係者であれば誰でも、総論としては、「当然目ざすべきことだ」「支援ゴールに設定するのは当たり前」と考えるでしょう。ところが精神障碍のある方々の場合には、それが決して容易には実現できない厳しい歴史と現実があることを、多くの皆さまは、同時によく認識されていることとも思います。

 「退院して地域で暮らしたい」「一般就労で働きたい」「ひきこもりから抜け出たい」などの「思い」を持つ精神障碍の当事者の方々は、たいへん多くいらっしゃいます。しかし長期入院者の約6割は退院の意思を持つにも関わらず2,3)、なかなか退院は実現しません。またデイケアや社会復帰施設を利用するいくつかの全国調査では、60-70%が一般就労を望んでいました。しかし、一般就労を実現している人は20%程度にとどまっています4,5)

 これは社会の無理解や偏見・差別から生み出されたばかりではありません。支援者・専門職からも、「一般就労で働くのはストレスが多くて無理。再発する」「院内寛解状態なので、退院しても直ぐに再発・再入院する」「ひとり暮らしは心配で認められない」など本人を保護的に慮り、しばしば当事者の「思い」を認めない対応がなされがちでした。他方、当事者サイドでも、自分の「希望」が「妄想」ではないかと不安に感じ、希望の表出を躊躇ってしまうこともあります6)

 このような状況に対して、近年、世界の精神保健福祉領域では支援理念としてのリカバリーと、リカバリーを志向する実践が注目され、重視されるようになりました。アメリカ大統領委員会勧告7)に明記されるなど、世界の関係者から注目される支援の目標となっています。

 リカバリーとは、精神障碍をもつ人あるいはその他の人が、それぞれの自己実現や求める生き方を主体的に追求するプロセスです。リカバリーは様々に定義されますが、ただ単に病気の治癒や障害の軽減といった医学的回復(臨床的リカバリー)だけを意味するのではなく、病気や障害によって失われたその人らしい生活を再構築し、新たな人生の意味や目的を見出すことでもあるとされます7,8)。「臨床的リカバリー」に対して「パーソナルリカバリー」とも呼ばれます8)。精神保健福祉の支援者は、リカバリーの視点に立ち、当事者の希望や生きがいを感じられる生活を目ざす過程に寄りそって、支援することが求められています。

 日本の精神保健福祉領域では、「当事者の思いを叶える」支援を正面に据えて取組むことが決して容易ではないことは、先ほど示したとおりです。これに対して、リカバリー志向の支援・実践は、当事者の希望や自尊心、自己決定などを重視します。その結果、成果としてのリカバリーとして、一般就労の実現、退院して地域で暮らすこと、再発せず地域で安定した生活を送る、ひきこもりから抜け出る、家族から独り立ちする、結婚することなど、地域参加に関わる「希望の実現」に結実します。

 リカバリー志向の支援は、いま世界中からその有効性についての注目が集められて、実証研究も進められています9)。その中心人物の一人であるSladeらは10)、リカバリーを最大化する「10のサポート」をまとめました。ピアサポートワーカーを筆頭に、元気回復行動プラン(WRAP)、疾病管理とリカバリー(IMR)、ストレングスモデル、リカバリーカレッジ、IPS援助付き雇用などを「10のサポート」として列挙しています。

 リカバリー志向の実践・支援は、世界的にもまだその種類や領域が限定されています。有効な支援方法を立証する本格的な取組みは最近ようやく始まったばかりです9)。これらは大変魅力的な取組みですが、従来型の発想で考える支援の枠組みでは、より良い成果を生み出すことに困難があるかも知れません。サービス提供側の意識改革も求められますし、望むべき方向へ進むための環境整備も必要です。

 そのような中、Sladeら10)も指摘するピアサポートワーカーの関与は不可欠でしょう。加えて、精神障碍のある人のリカバリーと地域再統合を目ざす教育の場・教育プログラムである「リカバリーカレッジ」で用いられる「共同創造(コ・プロダクション)」の方法に注目する必要があります。リカバリーカレッジにおける「共同創造」は、リカバリーカレッジの講座提供、カリキュラムの計画、教室の配置などあらゆる場面で、精神障碍のある人と専門職が共に関わり、これまでにない生産的な場を創り出しています11)

 同様の方法をリカバリー志向サービス(プログラム)自体の「共同創造」にも活かすことができます。たとえば、いま注目される「精神障害にも対応した地域包括ケア」をリカバリー志向の効果的プログラムモデルに発展させることは、「共同創造」のアプローチによって途を拓く可能性があります。

 近年、「プログラム開発と評価(プログラム評価)」の領域では、当事者や実践家が参画して、効果的なプログラムモデルを設計・開発し、それをより効果的なプログラムに形成・発展するための当事者・実践家参画型のエンパワメント評価に関心が集まっています12)。リカバリー志向の支援プログラムを協働して開発し、より効果的なものへと発展させて、社会に実装させることは、関わった当事者・関係者のオーナーシップを高め、自信を生みだすことに繋がり、エンパワメントをもたらすことが知られています。

 「共同創造」の手法を活用した当事者・実践家参画型の「プログラム開発と評価」の方法12)を当事者のリカバリー実現に関わるさまざまな領域で活用する実践が、今後全国各地で発展することを期待したいと思います。

文献
1)大島 巌:当事者のリカバリー実現を目ざす協働型「プログラム開発と評価」の方法〜マクロ実践ソーシャルワークの新しい可能性.日本社会事業大学 大島巌教授最終講義資料集,2021
2)大島 巌,他:長期入院精神障害者の退院可能性と,退院に必要な社会資源およびその数の推計─全国の精神科医療施設4万床を対象とした調査から.精神経誌 93(11):582-602,1991
3)全家連保健福祉研究所:長期入院患者の施設ケアのあり方に関する調査研究〜全国精神病院の実情把握と「施設ケアサービス指標」の試み.ぜんかれん保健福祉研究所モノグラフ No. 15,全国精神障害者家族会連合会,1998
4)大島 巌:本人が望む就労を実現するには何が必要か.精神科臨床サービス 9(2):186-190,2009
5)全家連保健福祉研究所:地域生活本人の社会参加等に対する意識と実態 \u000002bc98.ぜんかれん保健福祉研究所モノグラフ No. 27,全国精神障害者家族会連合会,2000
6)宇田川健:精神障害者としてリカバリーについてなにが言えるのか.こころの元気\_mls002b 1(1):24-27,2007
7)President\u000002bcs New Freedom Commission on Mental Health:Achieving the promise:Transforming Mental Health Care in America. 2003
8)Slade, M.:100 ways to support recovery:A guide for mental health professionals. Rethink Mental Illness, 2013https://www.rethink.org/advice-and-information/living-with-mental-illness/treatment-and-support/100-ways-to-support-recovery/(2021年8月6日取得)
9)Slade, M., et al.:Supporting recovery in patients with psychosis through care by community-based adult mental health teams (REFOCUS):A multisite, cluster, randomised, controlled trial. Lancet Psychiatry 2(6):503-514, 2015
10)Slade, M., et al.:Uses and abuses of recovery:Implementing recovery-oriented practices in mental health systems. World Psychiatry 13:12-20, 2014
11)リカバリーカレッジガイダンス研究班:リカバリーカレッジの理念と実践例(リカバリーカレッジガイダンス).2019
https://recoverycollege-research.jp/guidance/(2021年8月6日取得)
12)大島 巌,他:実践家参画型エンパワメント評価の理論と方法〜CD-TEP法:協働によるEBP効果モデルの構築.日本評論社,2019

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