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心と社会 No.205 2026
巻頭言
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精神科訪問看護のこれから
精神科訪問看護は、訪問看護への仲間入りに時間がかかった。訪問看護は、体を動かせない人や通院できない人に、体のケアをするものとして始まった。1986年の診療報酬化当初には、退院後に医療機関から派遣された看護職員が行っていた。高齢者を対象とした訪問看護ステーションができると、必ずしも入院を経ないで、介護保険による地域で暮らす高齢者へのケアや医療保険による傷病者へのケアを提供するようになった。
傷病には精神疾患も含まれており、それまで行政保健師が提供していた精神疾患の患者へのケアを、医療機関と訪問看護ステーションの看護職も担うようになった。しかし、「話だけして、何も医療処置をしない訪問看護は詐欺のような気がする」と、看護職自身から価値を疑われる存在でもあった。スタッフを精神疾患がある人の自宅に、一人で精神科訪問看護に行かせることには管理者の不安も強かった。精神科の臨床経験がない看護職の間では、精神科訪問看護は例外的な存在で、何をするのか想像が難しいものだった。そのためか、精神科訪問看護を実施する訪問看護ステーションは全体の6割程度にとどまっていた。訪問への不安がないように、複数名での訪問をできるようにしたい。本人が訪問看護を拒否している間も、安否確認と家族へのケアができるようにしたい。65歳以上になっていても、精神症状が強い人には医療保険による訪問看護が継続できるとよい。より多くの訪問看護ステーションが活用できるように制度の充実が重ねられ、2012年には精神科訪問看護基本療養費が新設された。この制度では、精神科訪問看護の対象は「精神障害を有するもの又はその家族等」とされ、精神科の臨床経験が訪問を実施するスタッフの要件とされた。精神科の臨床経験をもたないスタッフのための研修も設定され、治療やケアの最新の知識が提供されるようになった。
2026年の診療報酬改定では、地域で他のステーションへの技術協力や、地域のケア資源と連携してケアに取り組む訪問看護ステーションに新たな評価が追加された。24時間対応ができる体制や、難病や重症患者の受け入れも併せて求められる。精神科訪問看護にとって、この制度改定は一つの節目であると感じる。最初は利用者数の把握もままならず、様々な厚生科学研究の研究班を転々とお世話になり、研究者が統計データをとっていた。現在では、日本精神衛生会理事である竹島正先生(当時は国立精神神経研究センター)のご英断により、精神科訪問看護は国の630調査の調査項目となり、正確な実施状況の把握ができるようになった。孤立した、よくわからないサービスではなく、地域の資源として認知され、把握され、新たな役割も期待されるようになった。
課題もある。実際には訪問していないのに記録を捏造したり、症状が重くなったときに週7日まで訪問できる制度を悪用し、不必要な訪問を繰り返したとする事件もあった。利用者が希望していないのに、訪問看護を退院の条件とし、利用者の都合もきかない強制的な訪問看護が問題になったこともある。生活保護受給者では医療扶助により本人が負担に気づきにくいことを利用して訪問回数を多く請求する者もあった。このようなやり方は、精神科医療で常に課題となる医療者の問題だ。医療者の意識を変える取り組みは喫緊の課題である。
筆者には非常勤の訪問看護師として2つの医療機関での勤務経験がある。比較的重症な利用者への訪問看護に取り組んできたが、幻覚妄想があっても、認知機能が低下していても、彼らには誇り高い自分の生活を望み、求める力をあらゆる人と同様に強く持ち、支援者は常にその力を敬いながら、能う限り希望を実現するための支援をしている。地域で暮らす精神障害者を、状態に関わらず一人で訪問させられない怖い存在と思い、心理社会的なケアを提供することを詐欺ではないかと疑問に思う、精神科訪問看護サービスの普及への壁となってきた感覚。訪問頻度や訪問時間を自身で決める力がないといってサービスの枠組みを悪用する感覚は、まさに、精神障害者支援への壁に他ならない。
精神科訪問看護は、比較的新しい制度として参入したが、今や精神保健医療になくてはならない存在であり、精神保健医療が抱える共通の課題を持ち、それに取り組んでいる。皆様のさらなるご指導と、サポートをお願い申し上げたい。
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