東京女子医科大学保健管理センター学生健康管理室 横田仁子
はじめに
筆者は大学保健管理センターで、学生の海外留学時の健康診断書の発行や健康相談を担当している。本学は医療専門職育成の大学であるため、交換留学は2週間程度の病院見学、4週間から8週間の実習を行う、実践的な留学となっている。2021年7月現在、新型コロナウィルス感染症の感染対策により、本学においても国際交流は停止されている状況にある。本学における交換留学先はアメリカ、カナダ、イギリス、ベルギー、フランス、中国、台湾、韓国となっており、留学先によって学生それぞれの相談内容やこころの健康度合いが異なる。来年度からの交換留学再開を踏まえて、これまでの相談内容や、自身の留学経験から得られた知見から留学時のメンタルヘルスとその対応に関して述べる。
1.留学の決定から準備段階
ここ10年の経験では、留学決定と準備段階での相談が主であった。学生は旅立つ前に思い悩むようである
・成績上位を保つストレス
交換留学なので、選抜制である。留学費用は大学および補助金から出資されるため経済的負担は少ないという利点がある。しかし、学業成績と語学力がその判定基準となるので、これが入学時から留学を希望している学生にとってはストレスになる。
ケース1:留学決定が1年後になっている学生
海外留学は入学時からの希望である。ぜひとも欧州の大学に留学したいのだが、競争率が高いため、今現在の成績を維持できるか心配である。今、試験前であるが時々集中力も低下してしまい、イライラする。今回の試験で成績が落ちてしまったら留学に行けないのではないか、親の期待もあり、ここで失敗するわけにはいかない。
ケース1への対応
上記学生に対しては、留学の希望を早めに国際交流を担当している教員へ伝えること、国際交流に関する行事には参加することをアドバイスした。この学生はこの段階で相談に来てくれたが、他のケースでは身体化症状が出たケース(後述)もある。
・他の学生と違う体験もストレス
日本を不在にするため、他の学生が日本で体験できることが出来ないので留学すべきかどうかの相談があった。
ケース2:留学に行くと就職活動ができないストレス
夏休み期間中に個人で海外留学を予定しているが、他の学生は就職先(研修先)を探すために夏休みは病院見学に行くようだ。自分は他の学生とは違ったことをしようとしているが、これでいいのであろうか?今後の就職に影響するのではないか?という相談であった。
ケース2への対応
相談に来た時点で留学の申し込み直前であった。将来的に国際的に活躍する医療人になりたいという希望があり、その目標のために今回の留学は有意義なものであるので、この機会を逃さないほうが良いと説明した。また相談時には国際的にテロ事件が多く発生しており、情勢によっては今後留学が出来ない時が来るかもしれないので、自分の希望する道を進むように助言した。翌年は感染症で海外渡航禁止となったので、彼女に留学を選択させて良かったと思う。
このケース以外にも、数年前はテロ事件が多く、海外留学で事件に遭う可能性が高まっていて、保護者が海外留学を許可しない場合もあった。この学生は根気強く、長期間かけて保護者を説得して、留学を成功させた。大学としても危機管理に関して、詳細なマニュアルを作成して対応したが、感染症には勝てないのが現状である。
・留学先との交渉のストレス
大学の国際交流室では留学先とのやり取りは主に担当者が行うが、宿泊先等の手配は学生自身が行わなくてはいけない。個人主義で自己主張を必要とする英語圏の留学では学生にとって大きなストレスになる。
ケース3:留学先との英語での交渉がストレスとなり身体化症状が出たケース
元々成績も上位で、英語力もあり、アメりカの大学への留学が決定した。アメリカの場合、宿泊先は学生本人が交渉しなければならなかった。英語でのメールのやり取りと交渉が初めてで難しかった。彼女は日本での実習も忙しく、集中して行うことが出来なかった。国際交流の日本側の担当者は自分のほかに20人以上を担当していたので、自分がこんな些細なことで相談するのは迷惑が掛かると遠慮してしまった。時間だけが過ぎてゆき、交渉事は先に進まず、途方に暮れていたはずであるが、相談できずにいた。そのうちにだんだんと食欲不振となり体重減少が激しくなった。
ケース3への対応
このケースは初めての海外留学であり、自宅通学者なので、部屋を借りる契約も初めての経験であった。精神科の専門医に受診することになり、身体的、精神的にも留学は困難と思われ、断念することにした。メンタルヘルスが悪化して、留学前の準備段階でストレスをためすぎてしまい、留学ができなかったケースである。学業成績や英語力以外に社会性も留学に際してはメンタルヘルスに影響した。このケースを経験後の対応として低学年で語学留学等の短期海外研修をさせてから、高学年での交換留学を勧めることが良いと判断された。宿舎等の交渉も学生の特性を見極めて、支援することが必要である。学生の経験のためと放置しすぎるのもよくないようである。
その一例として、外国籍で高校生の時から日本に単身留学して、本学で学んでいた学生は、アメリカでの交換留学を無事終了した。しかし、報告会で後輩に、自分がいった留学先は相当タフでないと成功は難しい、宿舎も自分で確保して、留学スケジュールも自分で交渉しなければいけないと苦労話をしていた。留学生が他国に留学するのも、国際的な学生であっても、見知らぬ国での住居確保はストレスが多い。
・留学先でのグループ行動に関する不安
欧州への留学はグループで行くことが多く、グループ行動への不安や自分の希望が実現するかの不安で相談に来たケースである。
ケース4:留学中に別行動したいといえないストレス
相談に来た学生はとても活発で日本に来ている留学生ともすぐに溶け込め、個人行動もとれるタイプである。しかし、一緒に留学する学生は内向的で集団でまとまる傾向があり、留学先でもいつでも一緒を強要される可能性がある。自分は行きたい実習先もあり、個人行動をとりたいが、それが、反発していると取られないか、また仲間外れにされるかもしれないので、それも心配しているとのことであった。
ケース4への対応
個人行動をとるのは特に問題ないが、まずはその意思を同行する皆に伝え、理解が得られれば可能であることを話した。ただし、海外であるので、危険な場所もあり、許可されないこともあることを説明した。相談に来た学生はとても社交的、積極的で留学先からの評価は高いと思われたが、同級生からは一人で目立ってと嫉妬される傾向がありそうであった。集団行動を好むアジア人と、個人主義の欧米との文化的差異が学生の行動にも影響してしまうようである。日本人の無言の同調圧力に不安を募らせていた。本人へは、意欲的で、きちんと交渉すれば成功するであろうし、周りの眼は気にせずに行動するように助言した。
2.留学先によるメンタルヘルスの差異
はじめに/1.留学の決定から準備段階
2.留学先によるメンタルヘルスの差異
3.帰国後の精神成長とアイデンティティーの再確認/まとめ