東京大学大学院教育学研究科 佐々木司 1.はじめに本稿では我が国の大学における留学生の増加の状況を最初に簡単に説明し、続いて、留学生の増加と大学教員のストレスやメンタルヘルスの関係について、もっぱら自分の個人的経験をもとにお話したい。 2.我が国における留学生の増加近年、国の方針とあいまって留学生の増加が続いている。次頁の図は文部科学省が平成31年1月に報道発表した「『外国人留学生在籍状況調査』および『日本人の海外留学者数』等について」に掲載されていたものである。我が国の大学等高等教育機関に海外から留学している学生の数は1986年頃は約2万人であったものが、1998年は約5万人、2010年は約14万人、さらに2018年に20万人超と、大きく増加している。留学生の出身国・地域は、中国が11.5万人と半数以上を占め、べトナムの7.2万人、ネパールの2.4万人と続いていた(2018年時点)。 筆者が勤務する東京大学の場合も同様に増加していて、2000年の2,053人から2018年は4,248人で倍増の勢いである。この人数は、東京大学の全学生2.8万人の約15%に相当する。また出身国・地域は、日本全体と同様、中国が最も多く留学生全体の56%を占め、次いで韓国、台湾、インド、タイ、アメリカの順となっている。なお東京大学の場合、「学生の半数は大学院生」という事情もあるかも知れないが(大学院生の方が学部生よりしっかり登校する)、キャンパス内で見かける学生の半分くらいは外国人、耳にする言葉の多くが外国語という日も稀でない。勿論、外国人留学生と日本人学生が一緒にいる場合は、英語 で会話をすることも影響しているのだろうが。 図 外国人留学生数の推移 日本に留学する学生が増えることは、日本の事情に通じた外国人の増加とともに、外国人との交流に対する日本人の不安や抵抗感が軽減に通じる可能性があり、歓迎すべきことである。ちなみに私が学生の頃は、キャンパス内で外国人を見かけることは稀であったし、ましてや大学で外国人と知り合いになることなど想像もつかなかった。また英語でコミュニケーションをする機会を得るには、色々な伝手を頼るなどして一生懸命外国人をさがす必要があった。それに比べて今の学生はキャンパスのそこここに外国人がいて、外国人の知り合いを作りやすい。英語でのコミュニケーションの機会も圧倒的に増えているのではと思われる。まさに隔世の感がある。 これだけの留学生を受け入れるには、大学側もそれなりの準備をする必要がある。教職員の立場で言うと、英語でのコミュニケーションが出来る必要がある。大学教員の場合、もともと英語の文献を読んだり英語で論文を書いたりと、「読み・書き」で英語を使うことは当たり前の人も多い。しかし「話す・聞く」は若干勝手が違う。勿論日常会話程度なら多くの教員は問題ないが、学問的なやりとりを英語だけで、となると簡単にいかない場合も多い。大学の教員の中にも、分野によっては英語が苦手な人、日本語のみで論文を書いている人もいて、そのような人達には相当な負担となる可能性がある。また本稿では詳細には触れないが、さらに大変なのは事務職員である。事務職員は英語で文献を読んだり書いたりという習慣は当然なく、もともと英語等での学生とのやり取りは想定外で仕事をしてきているので、日本語のできない(あるいは得意でない)外国人とのやり取りは難しい人が多いと考えられる。最近は外国語でのコミュニケーション力を条件に採用される職員もいるが、人数は限られており、配属されている部署も少ない。多くの部署では、以前は日本人の学生・教職員とだけやり取りしていた職員が、外国人とのやり取りもしなくてはならず、大変な苦労をされているものと思われる。東京大学のように規模の大きい大学では、事務職員向けの英語講座のようなものも設けられているが、なかなか上手くいかないことも多いと思われる。最近では自動翻訳機のようなものも発達してきてはいるが、大学という特殊な状況の中で専門の用語を用いたやり取りは、当分は大変かも知れない。
1.はじめに/2.我が国における留学生の増加 |
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