ご挨拶日本精神衛生会とはご入会のご案内資料室本会の主な刊行物リンク集行事予定

こころの健康シリーズ[ 国際化の進展とメンタルヘルス

No.4 多文化共生社会の出産と子育て

明治学院大学心理学部 西園マーハ文


多文化共生社会の子育てのさまざまな側面

 既に日本は多文化社会であり、Aさんのような「日本に来たばかりで言葉が不自由な外国人」以外にも多文化的課題を抱えた家族は多い。この相談室で相談を受けたいくつかの例を挙げる。1歳半健診、3歳児健診経由の相談も含めて提示する。

 @ Bさん.シングルマザーとその父(祖父)に育てられた若い日本人女性。アジア系の男性と結婚して出産したが、祖父がその国に対して強い偏見を持っており、本人と子どもを実家に入れてくれない。祖父の留守中をねらって母親を訪ねていくが、必要な時に子育て援助が受けにくく、祖父に子どもを馬鹿にされることに対する心理的負担も大きい。自分は元々祖父にかわいがられて育ったので、どうしてこうなってしまったのかという葛藤がある。(乳児健診に来た母親)

 A Cさん.イスラム圏の男性と「結婚」した日本人女性。男性の国では配偶者を複数持つことを推奨はされていないが、違法ではないため、国には「妻」がいる。書類上は日本で婚姻届を提出できたので、その「妻」とは正式に婚姻しているのかどうかよくわからない。「夫」が国の「妻」のところへ時々帰ることは納得して結婚し、当初は問題がなかった。しかし、Cさんが出産後は国に帰る期間が長くなり、この半年は音信不通である。「夫」は裕福な人であり、連絡が途絶えるとなると、今後の生活が不安でたまらず、子どもに父親のことをどう説明しようかと考えると落ち込んでしまう。(1歳半健診に来た母親)

 B Dさん.学生時代に来日した韓国人女性。日本で仕事もし、日本語にはほとんど不自由がない。ずっと日本で生活するのが理想で、結婚するならば文化が同じ人が良いと思い、在日韓国人と結婚した。しかし、夫も韓国語を覚えてほしいと思ったのに、夫にはその気がないのが不満である。夫が仕事に忙しく、家事や育児を手伝わないのは仕方がないと思っているが、時間がある日も自分の趣味のことばかりなのには怒りを覚える。しかしそこまでは何とか我慢できるが、困った時にアドバイスをもらおうと思って夫の両親に相談しても、無関心で何も言ってくれないのが大きなストレスになっている。日々の生活や子育てについて、いつも方向を見失った感覚があり、時々子供を連れて韓国に帰り、父親に相談する。父親はしっかり答をくれるので安心する。突然思いついて、家のことを放り出して帰国するので、夫とその両親からはあきれられている。そのうちに子供と二人で韓国に帰りたい。(3歳児健診に来た母親)

 このように、配偶者が外国人という場合にもさまざまな課題がある。@のように、日本人が持つ外国人への偏見が大きな要素になっていることもあり、Aのように、宗教や風習の違い、あるいは、そのような説明で隠すことのできる夫の問題なども起こり得る。これらは、子どもがいない場合もメンタルヘルス上の問題となり得るが、子育て中の人々にとって、子どもの将来に強い不安を覚えながらこれらの問題に立ち向かうのは大きな負担感を伴うだろう。Aのように夫がほとんど失踪したような状況の場合も、行き先が海外の場合は、国内よりも不安が大きい。夫の転職等の場合も、夫が外国人の場合、国内での転居とは限らず、英語圏に行くか中国語圏に行くかわからない、何を準備すればよいかわからないという振れ幅の大きさに困っている人も多い。

 Bは、「日本人」「韓国人」という抽象的概念で人を理解するのは難しいことを示している。Dさんは今、「韓国の文化を持っていると期待した夫は『はっきり言って日本人と同じ』」という結論に達している。「○○人」という概念を使って今の状況を理解しようとすれば、このような結論になるだろう。しかし、当然ながら「○○人」にもいろいろな人がいる。Bさんもそうだが、夫婦、家族という最もプライベートな場にも「○○人はこういう人」という解釈が出てくるほど、こういったステレオタイプは強力である。援助はこれを乗り越えたところから始まると言ってよいだろう。

 ここで紹介したような課題を抱える方々は、都心に限らずどの地域にもいらっしゃるはずである。専門家としてできること、あるいは必ずしも専門家としてではなく隣人としてできることは何かを考える必要があるだろう。言葉の壁については、「やさしい日本語」の活用なども試みられており2)、今後の発展が期待される。Dさんからは、「先生、日本には信頼できる大人は一体どこにいるんですか」と聞かれて答に窮した。専門家としても隣人としても「信頼できる大人」になりたいものである。

 

  • 1)西園マーハ文:産後メンタルヘルス援助の考え方と実践〜地域で支える子育てのスタート〜岩崎学術出版社, 東京, 2011
  • 2)阿部裕、今関浩子、張賢徳他:多文化共生社会とメンタルへルス(座談会).日本社会精神医学会誌 29(1), 2020(印刷中)
  • 3)Cox J, Holden J: Perinatal Psychiatry. Gaskel, London,1994
  • 4)Imai S, Kita S, Tobe H et al.: Postpartum depressive symptoms and their association with social support among foreign others in Japan at 3 to 4months postpartum. International Journal of Nursing Practice, e12570, DOI:10.1111/ijn.12570,2017

はじめに/産後メンタルヘルス事業と外国人女性の出産
アジア人の女性の出産と子育ての例/外国人の母親のメンタルヘルス問題の背景
多文化共生社会の子育てのさまざまな側面

ご挨拶 | 日本精神衛生会とは | ご入会の案内 | 資料室 | 本会の主な刊行物 | リンク集 | 行事予定