長崎県立大学看護栄養学部 李 節子 3.在日外国人の健康課題日本における外国人は、その滞在・生活実態から大きく3つに分けることができると思います。@日本に観光目的で訪れる「訪日外国人」、A3カ月以上およそ5年以内で、本国に帰国することを前提(原則)として日本での在留が許可される、短期・中期滞在者の「技能実習」「特定技能」「留学」「技術・人文知識・国際業務」等の在留資格を有している外国人。B日本での生活がおよそ5年以上の定住者・永住者で生活基盤が日本にある「外国籍住民」です。それぞれに健康課題の特性があります。 1)訪日外国人の健康課題「訪日外国人」は、あくまで一時の旅行滞在者ですが、旅行中の予期しないアクシデントによって、体調不良等が生じやすくなります。原因は、なれない「異国」の文化、食事、風土、気候、言葉、過密な旅行計画等です。人々が「他国」に渡航すること自体に、健康リスクが生じます4)。特に、船旅などの乗船者の中には、仕事をリタイアした高齢者層が多く、突発的な持病、病状の悪化(心筋梗塞、脳梗塞等)が死に至らしめることもあります。その場合、本国家族への連絡、法的手続き、埋葬方法、死体の移送手段など、さまざまな事態に対応しなければなりません。突如として「終末期医療」が求められます。特に「死の弔い」は文化的要素が強く、宗教的配慮も欠かすことができません。そこに、「言葉の壁」「文化の壁」「制度の壁」が大きく関係者間に立ちはだかります。日本の医療制度・習慣・文化の違いによる誤解・葛藤も大きく、コミュニケーション・ギャップをできる限り少なくするための「医療通訳」と、それらに対応できる救急医療体制が必要不可欠です。 2)短期・中期滞在者の健康課題短期・中期滞在者である「滞日外国人」の場合、「労働・就労」「就学」ビザの場合が多く、20代〜 30代の人が大半を占めています。多くの外国人は、日本に移住したばかりの際には、「言葉の壁」、「文化の壁」につきあたりながらも、日本での生活を「精一杯」に生きようとされます。しかし、その「頑張りすぎる」ことが、心身の健康にも影響が生じやすくなる状態となります。その年齢層、労働・就労実態、生活等から、母子保健、精神保健、労働衛生、感染症対策が喫緊の課題としてあげられます。特に急激な生活環境、人間環境の変化、中でも社会からの孤立と孤独は、「心の健康」に大きく影響します。 移住したばかりで日本語が不自由な外国人の多くは、日本での健康生活に必要な保健・医療・福祉情報、社会資源、人的ネットワーク等の存在を知らず、それらにほとんどアクセスできていません。重篤な疾患・危機的状況を起こす前に、健康問題の発生予防、早期発見・早期対応のための保健医療、健康診断・健康相談等の支援体制が必用です。特に女性の移住労働者の場合、セクハラや妊娠等を理由とした人権侵害、ジェンダーにもとづく性暴力が多発します。 3)在日外国人の母子保健の課題「母子保健」は、健康問題を地球市民的発想、全人類的視野で捉え、解決するという理念の上に成り立っており、最も根源的なヒューマンケア「人の誕生に寄り添い、支える」活動ですが、日本の母子保健制度は、世界でもトップレベルのすばらしいものです。日本は「赤ちゃんが最も安全に生まれる国」(ユニセフ)と言われています。在日外国人にも日本人と同様に母子保健制度の内容はほぼすべて適用されます。また、日本の労働法が適用され、結婚や妊娠、出産を理由にした解雇は禁止されています。 しかし、いま、全国で「技能実習生」として来日した女性による子どもの死亡事件、雇用主による中絶の強要、解雇、強制帰国等が多発しています。2020年11月19日、新生児(双子)2人の遺体を自室に放置したとして、熊本県で働くベトナム国籍の外国人技能実習生の女性が、死体遺棄の疑いで県警に逮捕され(2020/11/21熊本日日新聞)、その後、起訴されました。「妊娠すれば帰国させられる」恐怖感から、誰にも相談せず、すべての母子保健制度支援を受けていませんでした。 多くの外国人女性には「言葉の壁」によって母子保健情報は全く届かず、人的サポートもほとんどありません。母子健康手帳を取得すること、子どもの予防接種のこと、出生証明書を届けること等、就学手続き、母子の命に係わる重要な事さえ知らない(知らされていない)こともあります5)。 日本の児童福祉法では、―全て児童は、児童の権利に関する条約の精神にのっとり、適切に養育されること、その生活を保障されること、愛され、保護されること、その心身の健やかな成長及び発達並びにその自立が図られることその他の福祉を等しく保障される権利を有するーと述べられています。子ども権利条約の根幹理念は、「親の不利益を得ない」ことです。親が外国人である、貧困である、在留資格がないことによって、子どもが生存権を脅かされることは許されません。 しかし、在日外国人の子どもたちは、本当に保障されているでしょうか?文部科学省が、2019年5月〜6月に行った全国市町村教育委員会(特別区を含む)(1,741)を対象とした、外国人の子供の就学状況等に関する調査では、外国人の子どもの約6人に1人が不就学の可能性があると述べています6)。 日本における父母ともに日本人の出生数が減少するなか、「親が外国人」の子ども(父母共に外国人、母外国人/父日本人、父外国人/母日本人の合計)の人数は増加しています。2019年、日本における「親が外国人」の子どもの出生数は35,730人で、日本の総出生数に占める割合は、4.0%、25人に1人となっています(図 親が外国人の子ども)。 *一般的に公表されている出生数はこの数値 父母共に外国人の出生数も急増しており、過去最高数となっています(図 親外国人(父母の国籍別)出生数の推移)。 資料:厚生労働省「人口動態統計」より作成 1987年から2019年までの「親が外国人」の子どもの出生総数は、1,041,985人となっています。これらの統計は、日本で誕生する子どもたちが、いかに多様化しているか、日本が実質的に多民族化していることを、これらの出生数が証明しています。 4)日本で暮らす永住者の健康課題日本で長年暮らしている永住者・外国籍住民には、特に社会福祉の観点からの健康支援が必要です。高齢化に伴う健康問題も生じ、介護も必要となります。 人々が国境を越える時、必ずその背景にはその時代の「社会問題」と「移民政策」があり、人間の暮らしに大きな影響を与えます。「移民政策」を議論するのであれば、その際に人が移住することに伴う「健康リスク」が存在すること、「健康権を保障」することを同時に考えるべきです。「経済効果」のみを議論するのであれば、あきらかに移住者の生活実態、健康問題とかけ離れた論点となってしまいます。人は決して、「消耗品」ではありません。「ひとりひとりが尊厳ある人間」です。「人材」としてではなく、「人として生きる生活者」「こころある人」として見るべきです。どこにおいても愛する人と出逢い、妊娠し、子どもが誕生する。病気をする、ケガをする、年老いたら働けなくなる、介護が必用となる、尊厳ある死と終末期医療が必用となる。それらは、人間にとって、あまりにも「あたりまえのこと」なのです。 おわりに日本政府は2018年・2019年と立て続けに、「外国人材の受入れ・共生のための総合的対応策」を発表しました。その中で、「日本人と外国人が安心して安全に暮らせる社会の実現」、「外国人は日本人とともに今後の日本社会を作り上げていく大切な社会の一員」、「生活者としての外国人に対する支援」、「全ての外国人を孤立させることなく、社会を構成する一員として受け入れていくという視点に立ち、外国人が日本人と同様に公共サービスを享受し安心して生活することができる環境を全力で整備していく」と宣言しています。 長年、在日外国人の生活者としての健康権と健康支援を研究してきた筆者としては、この国の動きのスピート感に驚愕するとともに、大いなる期待と希望を持っています。今後はその理念をどのように、日本社会で実質的に具現化できるのか、この社会が真に人間の多様性を尊重し、人に優しい共生社会に生まれ変わることができるのか、問われているように思えます。
参考文献 1)上鶴重美訳(2018)NANDA-1看護診断 定義と分類 2018-2020 医学書院 はじめに/1.移住者の健康リスクについて |
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