明星大学名誉教授 高塚雄介 心の歪みに対応することの難しさ臨床心理学的観点からすると人の心が歪んでいくきっかけとしては四つ考えられる。医学的にはもっと多様に考える必要があるが、私が傾聴している時に着目している四つとは次のようなものである。まず「不安」についてである。予期せぬ出来事に遭遇したことにより多くの人々は不安に苛まれていく。心のケアの第一歩としてはまずじっくりと話しを聞くことである。いわゆる傾聴である。質問はしてもいいがコメント的なものはしない方がいい。そのほうが心の中に溜まっている感情を吐き出せる機会となる。その次に着目するのは不満である。自分が置かれている状況が意にそぐわないほど不満が語られてくる。しかし、考えようによっては不満を口にできるのはある意味では攻撃性が出現したことであり生きる力にもなりえる。病的妄想を感じられる場合でなければ、無理にその感情を否定し抑えるようなことはしない方がいい。逆に何の不満も語られず、無口になっていく方が怖い。うつ的状態であるとも考えられる。次に着目するのは「孤立感・寂しさ」である。誰も話す相手がいない、支えあえる人がいない、など容態は様々であるが、希死念慮にも結び付きかねない心的状態であり、注意深く見守っていく必要がある。震災や津波などにより家族や親しい人が亡くなってしまった人に生じやすい。そしてもう一つ私が着目しているのはその人が有している自尊心である。プライドと言ってもいいかもしれない。老若男女を問わず人はそれぞれプライドをもって生きている。周囲はそれを認めていることもあれば、本人のみが秘かに抱き続けているものもある。普段ならばそれほど意識していなくても、緊急事態の真っただ中に置かれるとそれが表面化してくる。今まではその人のキャリアであるとか肩書など、それなりに評価されていたものが全く周囲では注目されず、一人の被災者としてしか対処されない。自分が得意であると自負していたものも誰も取り上げてはくれなくなる。そうしたことに耐えられないという人が意外と多い。コロナ感染症により在宅勤務に追い込まれた人の中にもそうした人がかなりいた。人が社会的動物というのは、実はそうしたプライドがぶつかり合う社会に生きているからなのかもしれない。プライドを持て余しているのではなく、プライドを認めたり、受け入れてくれる人が存在しないことに落ち込んでしまうのである。孤立感以上に他人にはわからない心の闇といえるだろう。 これだけでも初期の「心のケア」をするということは大変である。医師であれば安定剤や眠剤を出すこともあるだろうが医師でなければそれは出来ない。このような初期対応は、現地の支援体制が稼働するようになった場合は、そこに引き継ぐべきである。ただそのためにも現地のあらゆる機関と連携し必要な情報を確保するように普段から体制を整えておくことが大切である。
はじめに |
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