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こころの健康シリーズVI 格差社会とメンタルヘルス

5 犯罪被害者とメンタルヘルス

認定NPO法人大阪犯罪被害者支援アドボカシーセンター専門支援員
武庫川女子大学文学部講師 大岡由佳


犯罪被害者のメンタルヘルスに絡む新たな視点

 犯罪に遭遇する者は、上記で述べたように、メンタルヘルス上の不調に加え、経済的側面、法的側面などでも問題が表面化することが多い。犯罪被害者になって始めて、その辛さがわかったとおっしゃる方が多い。多くの被害者が制度不備の中、人間不信に陥ってお
り、事件を境に以前の生活に戻ることはできないと、他人との深い溝を感じてしまう。しかし近年、このトラウマケアの分野にもレジリエンスという言葉や、ポストトラウマティックグロースと言われる言葉が聞かれるようになった。レジリエンスresilienceは、「はね返ってもとの状態に戻ることができる」という意味をもち、復元力や回復力と訳される。ポストトラウマティック・グロースPosttraumatic Growth((心的)外傷後成長)とは、
非常に悲しく苦しい衝撃的な経験をして、その時に激しく傷ついても、その後、人間として成長することがあることを指している。「自己の強さ(自信やスキル:技術、やり方)」、「死への態度の変化」、「人間関係の重要性の認識」「生に対する感謝の念」「ライフスタイルの変化」「希望(新しい事への関心)」といった成長が見られることがあるという。

 もちろん、このような視点を犯罪被害者に見出すには、長い、長い年月が必要になるだろう。しかし、必ず、人は犯罪被害に遭っても適切なケアさえあれば、回復する。事件自体を忘れることは出来なくても、メンタルヘルスの不調が気にならない程度には回復する。

 ただ、そのためには、適切なケア−“誰かとつながる”ことが必要になる。トラウマとなる被害を受けたとしても、誰かに話したり、大切な人々から信じてもらうことができたりサポートを受けることが出来た者は、自らのレジリエンスを最大限に発揮できるのである。中には、そこから何らかのグロース″を感じることが出来る可能性もあるのだ。

最後に

 実は、犯罪被害者件数として、平成20年の総数が181万件であったものが、平成24年には138万件と減少してきている。治安に関する意識調査(内閣府)でも、我が国の治安が良いとする者が一貫して上昇しており、32.9%もが治安がよいと認識するに至っている。一方で、児童虐待数は66807件(前年度59919件)、警察における暴力等の対応件数は43950件(前年度34329件)、ストーカー事案は19920件(前年度14618件)と増加の一途にある(数値はいずれもH24年度のものを示す)。殺人、傷害、レイプ等の他人への明らかな違法行為は減少しているにも関わらず、他人から見えづらい場所で起こる身内への児童虐待やDV等の行為は増え続けているのだ。これは何を表すのであろうか。家庭内で暴力が起こる要因として、虐待者の家事・育児能力不足等のパーソナルな問題の次に経済的困窮がその要因として挙げられている報告6)もあるが、確かに児童虐待やDV等が、貧困問題に全く関与していないといえば嘘になるだろう。人が社会で締め付けられたとき、そのはけ口は弱き者に向きがちであるからだ。不安定就労やワーキングプアといった生きづらさを持つ人々の割合が増える中、格差社会による歪(ひずみ)が、こんなところにも見え隠れしているように思えてならない。

文献
1)大岡由佳:被害者・被災者支援の現状と課題 ?大学病院の過去10年間のPTSD患者の調査結果から?.精神医学50(5):455-464,2008.
2)蜩c多美:ドメスティック・バイオレンス被害者の短期トラウマ反応とその回復―公立施設での一時保護活動を通して.心理臨床学研究.22(2)152-162.2004.
3)松村明監修:大辞泉.増補・新装版,小学館,東京,1995.
4)荒堀憲二:女性受刑者における子ども時代の性被害に関する研究.思春期学.20(2):261- 265,2002.
5)野坂祐子他:性被害体験をもつ子どものセクシュアルヘルスとその支援?児童自立支援施設の入所児童に関する研究と実践から?.(報告書).H22年度.
6)本間博彰:児童虐待と親の問題−ハイリスクマザーと治療的アプローチを中心にして.児童青年精神医学とその近接領域43(4):389-394,2002.

1.はじめに/犯罪被害者が陥る心身等の状況
2.犯罪被害者の法的サポート制度
3.犯罪被害によって生じるメンタルヘルスの悪化の行き着く先
4.再犯防止の取り組み−被害者理解の視点から
5.犯罪被害者のメンタルヘルスに絡む新たな視点/最後に

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