国立精神・神経センター武蔵病院副院長 宇野 正威
3.もの忘れは予防できるか
アルツハイマー型痴呆の脳を顕微鏡で見ますと、小さなシミのような構造物(老人斑)と糸くずのような構造物(神経原繊維変化)が脳全体にたくさんみられます。そうして、大量の神経細胞が失われ、脳が萎縮して行きます。病変は初め海馬と海馬傍回と呼ばれる部位に出現するため、非常に想い記憶障害があらわれます。病変は次第に、側頭葉外側、頭頂葉、前頭葉へと広がり、それに伴って痴呆が重篤になります。現在までのところ、この病気の発症を予防することは不可能です。しかし、最近開発された薬剤(アリセプト)は、症状を多少改善する効果を持っています。また、抗酸化作用、すなわち活性酸素の害を防ぐ作用をもつとされるビタミンEなどが病気の進行を少し遅くする効果をもつようです。現在、アルツハイマー型痴呆の脳にみられる老人斑や神経原繊維変化がどのようなメカニズムで出現するのか、それを防ぐにはどうしたらよいかの基礎的な研究は盛んにされていますが、その予防薬が開発されるのはまだ時間がかかりそうです。
そこで、少しでもその発祥を防ぐ、あるいはその進行を少しでも遅らせるには、どのような生活スタイルが求められるかを述べることにしましょう。
(1)知的好奇心を持つこと
高齢の方達は定年退職後の生活にいろいろ工夫されているようです。現役の間は多忙のため出来なかった絵画、音楽、写真、旅行などの趣味に打ち込んでいる人がいます。一方、長い間自分自身で培ってきた知識と技術を生かすために、退職後はボランティアとしてそれらを求める所で働く人もいます。それぞれの生き方です。大切なことは知的好奇心を持ち続けること、そして決して精神的には隠居しないことです。
(2)両手を用いた創造的な行為を行うこと
道具と両手を使いながら、何かを作り出すような行為系列を、日常生活の中の楽しみとして位置付けることがよい生活スタイルです。陶芸や園芸などの趣味をもつことは良いことですし、日常的に料理を行っている場合はできるだけ続けた方が良いと思います。
(3)会話の場をできるだけ多くもつこと
地域のグループや昔からの親しいグループに参加し、集団の中での談話を楽しむことがよいと思います。その場合には、自分も話題提供するため日頃から新しい情報に対する関心が高まります。熟年以上の方たちが、グループを組んで旅行を楽しむことは、彼らの精神生活を非常に豊かなものに導いていると思われます。
以上の三項目は、高齢の方達がよりよい老後の生活を送る上で求められるものですが、良性のもの忘れの予防や改善にも役立つものです。そうして、アルツハイマー型痴呆初期の方達が、病気の進行を少しでも遅らせるための生活スタイルとしても大事であると考えております。
1.もの忘れはなぜ起きるのか −記憶のメカニズム−
2.病的なもの忘れ −アルツハイマー型痴呆−
3.もの忘れは予防できるのか