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いじめ問題の今

埼玉大学教育学部 教育心理カウンセリング講座 坂西友秀

イラスト 谷口 智子


被害者の痛みがわかる?

被害者の多くは、「他者に対する過敏」、「体調不良」、「摂食障害」、「心身症」など、心身の不調や悪影響を訴える。いじめの長期にわたる負の影響を克服し、前向きに考え、たくましさを身につける被害者もいる。とはいえ、いじめは、被害者の心身に消し去ることのできない傷を残し、日常の生活や活動を大きく制限してしまうことも少なくない。体験したいじめが厳しい大学生ほど、体調の不良やうつ気分を強く経験し、対人関係に消極的になる。被害者が受けた強烈な精神的な苦痛は、「トラウマ」になりその後も残る。大半の子が、「いじめっ子」と「いじめられっ子」の双方を経験しているといわれながら、執拗に被害者をいじめるのは、被害者の苦しみや孤立感を「我が身」に置き換えて想像することが、私たちにとっていかに難しいことであるかを示している。

「ケータイ」、「スマートフォン」など各種の電子媒体が普及し、インターネットを利用した新たな形態のいじめや暴力(ネットを介したことば・画像・映像による誹謗・中傷)が広がっている。「いじめ」ではなく、事件・犯罪と呼ぶのが適当な事例もある。「スーパーの駐輪場や自宅で撮影した女子生徒の裸の動画を同じ学校の十数人の生徒にメール送信した」例など、性犯罪にあたる事件である。「ネットいじめ」は、画像・音声を同時に配信でき、電子媒体により瞬時に「既存の時空」を超え、従来とは質的に大きく異なる。

インターネットの普及でいじめが変容し、被害の質を変えている。パソコンや携帯電話による誹謗中傷を受けた子の割合は、小学校から中学校へと学年があがるにつれ増える。2009年度の文部科学省の調べでは、小学校301件、中学校1,898件、高校948件、特別支援学校23件であった。「学校裏サイト」は、それぞれの学校が開設するホームページ(HP)ではない。私設のネット上の掲示板で、その学校の生徒たちが利用する。教師に関する情報もあれば、特定の生徒を名指しし、「あることないこと」が書かれることもある。ネット上で攻撃され、うわさ・悪口を流された中学生は25%、攻撃経験のある子は24%で、被害者・加害者の両方を経験した子は経験の無い子より、直接的攻撃や仲間はずれ・うわさなどの攻撃行動が多くなると報告されている。「ネットいじめ」では、掲示された情報の拡散には限度がない。情報・発信者の真偽も確認が難しく、防止対策が難しい。

同居するいじめる心・いじめられる心?

相手をからかい非難したことはないか。人からなじられ、けなされたらだれもが嫌な思いをする。そんな相手に反発し、時には怒りを感じることがあるだろう。何でもてきぱきできる子は、のんびりゆっくりやる子に「おそい」と感じるかもしれない。他方で、性格が穏やかで動作が緩やかな子は、活動的な子に対して「はやすぎる」と思っているかもしれない。私たちは、同じ場面を経験していても、思い感じ考えることは、互いに異なりずれ違いがある。だからこそ、こうした溝や開きを埋めるために、コミュニケーションを通じた理解の努力が必要になる。

日常、子ども同士が、お互いに対して不満や憤りを経験することはごく普通のことである。友だちに対して否定的な思いや感情を抱くことが、「いじめ」に直結するわけではない。怒りや憤慨は、否定されるべきものでもない。注意したいのは、否定的感情を伴った「暴力的な」ことばや行動を執拗に特定の子どもに浴びせ、繰り返すとき、「いじめ」に発展するということである。

小学生・中学生・高校生の時の「いじめ」を回想してもらう調査を大学生134名に行った。いじめが被害者の心身にいかに大きな苦痛を与えるか、回答者はこのことをよく知っている。いじめは「不快で恐く」「はやく終わればいい」「だれかに助けてほしい」、と被害者は思っている、と被害者の心理を多くの回答者は予測する。さらに、被害者は、「恥ずかしい」「気分が落ち込む」「自分をだめな人間だ」と思うと推測している。被害者が

「いつかしかえししてやろう」と敵愾心を持つと考えていることは、きわめて深刻なことである。ほとんどの回答者が、いじめは、被害者を逃げ場のないところにまで追い詰め、復讐心を起こさせると思っているのだ。

回答者の多くは、被害者の心身の苦痛と窮状をかなりよく理解している。にもかかわらず、いじめは「楽しく」、自分が「強者」になった気にさせると回答しているのである。その一方で、「悪いことをしている」、「被害者をかわいそうだ」と感じている。さらに、「主犯格」に、「協力しないと自分がいじめられる」とも思っているのだ。子どもの心の中では「いじめる心」と「いじめられる心」が絡み合って同居し、葛藤しているのである。親や教師は、機会があるごとに「いじめ」が許されないことをことばで諭し、子どもが人をなじり、嫌がらせをしていると気づいたときには、行為を正してやり、「いじめ」に発展させないよう注意しなければならない。家庭や学校で、日常こうしたやりとりを繰り返す中で、「いじめ」が許容されないこと、相手を苦しめる「悪事」であることを子どもは学び、「いじめ」を否定し、自制する力を身につけるようになるのである。

引用・参考文献
1 金 賛汀 ぼくもう我慢できないよ 一光社 1980
2 国立教育政策研究所・文部科学省 平成17年度教育改革国際シンポジウム報告書国立教育政策研究所 2005
3 日本子ども家庭総合研究所 日本子ども資料年鑑 KTC中央出版 2011
4 坂西友秀 我が国におけるいじめの諸相 現代のエスプリ 525号 いじめの構造−いじめに見る現代社会と心のひずみ ぎょうせい 2011年4月号
5 森田洋司 いじめとは何か ―教室の問題、社会の問題 中央公論新社 2010

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1.昔からいじめはあった〜いじめは減った?
2.どのようにしていじめるの?〜いじめっ子・いじめられっ子は決まってる?
3.被害者の痛みがわかる?〜同居するいじめる心・いじめられる心?

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