愛知教育大学日本語教育支援センター 菅原雅枝 外国人児童生徒と文化新しい文化に触れた子どもたちの変容には、習慣や行動パターンの違いを理解する「認知」・新しい文化で期待される行動がとれる「行動」・新しい行動パターンに違和感を覚えなくなる「情動」の3つの側面があるという。母国の習慣や価値観をしっかり身に付けていればいるほど、新しい文化に触れたときのストレスは大きい。小学校低学年くらいの子どもたちは、初めは泣いたり騒いだりするもののいつのまにか「日本風」を身に付け、むしろ保護者の行動を「おかしい、ヘンだ」と思うようになるようだ。一方、高学年以上の子どもたちの中には、日本風にふるまう方が良いと考えるものも少なくない。その方が友人たちに受け入れられやすいと感じるのかもしれない。しかし、身に付いた母国の習慣を変えることはそう簡単ではなく、心の中の違和感を押し殺し、「ヘンな行動」をしないよう日々緊張しながら過ごしている児童生徒もいる。 フィリピンから来た子どもを支援している女性は「習得がむずかしいのはことばじゃない。それをいつどうやって使うかだ」といい、「『ごめんなさい』問題」を巡る経験を話してくれた。彼女によれば、フィリピンでは自分自身を振り返り、自ら非を認めるときに使うのが「ごめんなさい」だという。そのため子どもたちは「相手が自分のことを笑った」 「先に向こうがちょっかいを出してきた」ため手を出した自分だけが「ごめんなさい」と言わされることに納得できない。しかし先生は「なぜ謝れないのか」と叱る、ということだった。「ごめんなさい」を言わずに問題児扱いされる子ども同様、言いたくない気持ちを押し殺して「ごめんなさい」と言っている子どももいるだろう。日本語指導では挨拶表現とともに極めて早い時期に指導する「ごめんなさい」であるが、それを言わされることがストレスになることもあるのだと教えられた事例であった。 日本に長く暮らし、子ども自身は日本風にふるまうことに違和感を覚えなくなっている子どもたちが日本と家庭の文化のはざまで強いストレスを受けるといった事例もある。 「土日に部活動のため学校に行くことを親が理解してくれず、『部活を休め。家族と一緒に過ごせ』という。『部活に行くな』という親を友だちや顧問の先生は理解できない」といった状況である。また、「学校でのトラブルを親に相談したくてもうまく伝えられない。第一、親は日本の学校を知らないんだから相談しても仕方がない。心配させるだけだから黙っている」と話してくれた中学生もいた。母国と日本、両方の考え方がわかるがゆえのストレスであり、子どもたちは持っていき場のない思いを心にため込むことになる。 厚生労働省が発表した「ヤングケアラー」の説明の中で、「日本語が第一言語でない家族のために通訳をしている」子どもが例として示された。こうしたケースの課題として、それに伴って学校を休むことが増えるといったことだけでなく、子どもの心に過度な負担となることに直面させられるという問題がある。以前、母親のかなり深刻な病状を通訳しなければならなかった小学校高学年の女子児童の話を支援者から聞いた。支援者は「どうしてあげたらよいのかわからなかった」と言っていた。また保護者が仕事をしている間幼い弟妹らの面倒を見る、そのために学校を休む、といったことも聞かれる。「ヤングケアラー」と呼ばれる子どもたちへの支援は重要である。しかし一方で、子ども自身も保護者も、母国では家族親戚が助け合うのが当然、年長者が年少者の面倒を見るのが当たり前で 「問題」と認識していないケースや、このようにして家族に頼りにされることを子ども自身が誇りに思っているケースもあり、単に「学校を休まないようにしましょう」という指導をするだけでは済まないのが現状である。
最後に子どもはすぐに新しい環境に慣れるから大丈夫だと大人は言う。しかし、子どもたちが入っていく子ども社会では「わかりやすい日本語で話しましょう」「外国アクセントや相手の国の文化を笑うのは失礼なことです」といった大人社会の配慮は期待できない。そのうえ、かれらがここ(日本)にいるのはかれらの意思ではなく、親に連れてこられたのだという現実もある。いくつかの事例でお伝えしたように、子どもだから大丈夫などということはなく、子どもだからこそストレスから逃れるすべを持たないのだと思う。 本稿では日本の学校でつらい思いをしている子どもたちに焦点を当てたが、多くの外国人児童生徒は楽しく学校生活を送れていると信じたい。それを支えているのは様々な立場で子どもたちを支援する人々である。外国人児童生徒支援者の養成では「ことばや教科をどう教えるか」が中心になりがちだが、これからは、子どもたちの心を支えるということについて学び、メンタルヘルスの問題にも対応できるような人材の育成も考えていかなければならないのではなかろうか。
参考文献 箕浦康子(2003)『子供の異文化体験 増補改訂版』新思索社 はじめに/外国人児童生徒とは |
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