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浴風会病院精神科診療部長 須貝 佑一 5.痴呆症の治療戦略アルツハイマー病についていえば、痴呆を治療することとは脳内に生じているβアミロイドタンパクの蓄積を止め、神経原繊維変化の出現を止めて正常な神経細胞を保護することに尽きます。そうすれば、生理的な老化だけで済み、異常な知的機能の崩壊や異常行動の出現を防止できるはずです。が、その進行を止める薬はまだありません。動物実験の段階では、βアミロイドを追い出すワクチンの開発や細胞死をとめるヒューマニンという物質の臨床応用などが新聞紙上をにぎわせていますが、実用化はまだまだずっと先のことでしょう。 なぜ、βアミロイドタンパクが以上に蓄積するかさえいまだに仮説の域を出ていないのが実情です。ああでもない、こうでもない。こういう事実もあればああいう事実もある、という段階なのです。そのメカニズムのほんの一部だけがわかっている段階でビタミンEや魚のDHA、女性ホルモンのエストロゲンの効果がもてはやされています。脳内の過酸化物質を追い出す抗酸化剤としての作用を期待してのことです。しかし、それで人のアルツハイマー病が治ったり、進行が止まったという証拠はまだ出ていません。 アルツハイマー病の記憶障害や見当識障害は脳内の神経細胞のうちアセチルコリンの含まれるマイネルト基底核の神経細胞がおもに障害、脱落するからという説が1970年代後半から提唱されました。これを受ける形でアセチルコリンをアルツハイマー病の知的機能障害の治療に使おうとする試みが始まったのです。当初はアセチルコリンそのものやアセチルコリンの前駆物質であるコリンやレシチン、卵黄レシチンなどが試みられましたがすべて失敗に終わっています。そこでアセチルコリンそのものの補充ではなく、アセチルコリンを脳内で分解している酵素を阻害することで結果的にアセチルコリンの働きを強めようとする戦術が浮上しました。それが、アセチルコリンエステラーゼ阻害薬です。苦節20年、ようやく1989年に臨床試験にこぎつけ、1999年に発売となったのが話題のトリセプトでした。同業他社も似たような薬を出していますが、まだ発売に至っていません。 ところで、この20年間はアルツハイマー病の成因に関する知見が次々に塗り替えられていった時期でもあります。アルツハイマー病の障害は、アセチルコリンばかりでなくドーパミンやグルタミン酸といった神経伝達物質の異常も巻き込んだ複合的な脳障害であることが明らかにされています。理論的に考えてもアセチルコリンだけをわずかに増やしてアルツハイマー病の脳機能が回復するとはとうてい考えられないのです。実際、臨床試験でもその効果はわずかなものでした。それでも、進行性の痴呆に少しでも影響力を及ぼすとして認可されたいきさつがありました。 1.家族の思い |
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