種智院大学教授 小澤 勲 3.うつ病を基盤にした妄想老年期というと痴呆のことばかりが問題になりますが、うつ病が多発する年齢でもあります。多くの場合、発症に先立って、身体的不調、近親者の死亡、近親者とのあつれき、転居、退職、経済的不安などの、暮らしの中で起こった出来事(ライフ・イベント)がみられます。 高齢者のうつ病は、多の年齢に比較して症状に特徴があります。例えば、激しいイライラがあり、一刻もじっとしていられず、ウロウロ歩き回り、呻き声をあげながらベッドの上で転々反復する方がおられます。逆に抑うつ的な気分はあまり訴えられずに、まったく意欲がなくなって寝込んでしまい、ついには便所に行くのもおっくうになり、失禁するまでになり、時には痴呆と間違えられたりします(仮性痴呆という言葉で表されます)。 このような行動で示される状態の基盤に妄想があります。「自分は悪いことをした。警察が捕まえにくる」というような罪責妄想、「自分は癌だ。腸が腐って便も出ない」というような心気妄想、「入院費も払えないほど貧乏になった」というような貧困妄想はうつ病の3大妄想といわれているのですが、高齢者の場合には、これらに加えて、「大切なものを盗まれる」「近隣からのけ者にされる」「家族にないがしろにされている」「自分のために家族に類がおよび、一家離散する」などの、自分が所有している物、あるいは所属している共同体への侵襲あるいは排除というテーマも多く見られます。 また、高齢者のうつ病には自殺が多いことも知られています。なかには、一見したところ、感情・態度にはうつ病らしいところが見当たらず、ときには微笑みを浮かべたりしておられ、なんとなくシンドイとか、今まで興味をもっていたことに心が騒がなくなった、などと訴えられるだけだった方が(「微笑みうつ病」などとよばれます)、突然自殺を企てられるのです。病気の中に入り込んで悩み苦しむ(ことができる弱さをもった)人に比べて、かえって取り繕い続ける(エネルギーをもった)人のほうが、取り繕えなくなると、自らを消滅させるという方向で一挙に「解決を図る」のでしょうか。
これらの妄想、あるいはそれに基づいて発現してくる行動異常は、うつ病の一つの症状ですから、抗うつ剤などの治療によって、間違いなくなおるのです。ですから、うつ病の正確な診断が求められます。 1.高齢者は心のゆらぎを行動として表現する |
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