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こころの健康シリーズ\ 現代の災害とメンタルヘルス

No.1 新型コロナウイルス感染症の最前線に立つ
医療現場で働く職員のメンタルヘルス

公益財団法人東京都保健医療公社 豊島病院 菊岡 藤香


チームの活動内容とその変遷

1)時差障害とは

 緊急時における支援原則に基づき、まずは現場でどのような問題や困り事が生じているのかを把握するところから活動を開始しました。その結果、問題は大きく二つあることが分かりました。一つは、「職場環境や人員体制」です。十分な準備期間もなく病棟編成や配置転換があったことで、資材置き場や動線、人手不足など、物理的な問題に職員はストレスを感じていました。そこでチームでは、集めた意見や情報から組織的課題を抽出し、改善に向けた提案を添えて、病院幹部に報告しました。もう一つは、「感染リスクや知識・技術の不足」です。未知の感染症と対峙することで生じる不安や恐れは、組織に対する不信感や苛立ちだけでなく、職場内コミュニケーションの不和も招いていました。チームでは、こうした副次的な不安の軽減が急務と考え、日本赤十字社による「新型コロナウイルス感染症に対応する職員のためのサポートガイド」「ストレスチェック」を配布し、COVID-19流行下に起こりやすい反応やセルフケアの方法など、正しい知識・情報の提供や啓発を行いました。

 また、ストレス反応や心身不調をきたしている職員の個別支援も適宜行っていきました。自発的な相談はないものの周囲から見て気がかりな職員に対しては、日常の何気ない会話から様子をうかがい、個別支援へと繋げていくこともありました。現場の実情や利便性を考慮し、時間や場所を問わず気軽に相談できるようメール相談も始めました。こうした個別支援を通じて、「自分が感染源となって他患や家族にうつしてしまうのではないか」という不安や、万一感染してしまった場合の補償や手当、その後の病床編成や人員配置などについても心配を抱えていることが分かってきました。実際、補償や手当などについてはメールで院内周知されていたのですが、多忙な現場ではメールチェックができていなかったり、交代勤務のために情報伝達にタイムラグが生じているといった実情が見えてきました。かつて経験したことのない新型ウイルスが世界的に感染拡大する中、ある日突然、その最前線に立たされることになった職員が、自分の身の安全に不安を覚えるのは当然のことです。チームでは、職員が安全保障感・安心感を持てることは何より優先されるべきことと考え、補償や手当などを明文化したものを、確実に職員に伝わるよう、当該病棟の休憩室に掲示することを提案しました。同時に、「こんなことをきいたら自分の評価が下がるのではないか」といった懸念から、補償や手当に関する疑問や感染リスクへの不安などを、上司に率直に質問や吐露できずにいる職員も少なくないという実態も見えてきました。職員が安心して勤務するには、職位や立場にとらわれることなく、言いづらいことや聞きづらいこと、どんな不安や疑問でも自由に発言・吐露できる環境も重要です。そこで、当該病棟に「意見箱」を設置し、自身の健康に関すること、環境や業務に関すること、困っていることや感じていること、こうして欲しいと考えることなどを、自由に発言できる環境を作りました。そして、定期的に意見箱の回収ラウンドをしながら、現場状況を確認したり、職員への声掛けなども行っていきました。

 職場における心の健康づくりには、管理監督者(上司や幹部にあたる者)による「ラインケア」も欠かせません。チームでは、先述した日本赤十字社のサポートガイドを参考にしながら、「組織が一体となってCOVID-19対応に取り組むという姿勢を明確に示すこと」「現場を定期的に巡回し、労いや温かなインフォーマルな声掛けを積極的にすること」など、管理監督者だからこそできるサポートについて、助言しました。

 こうした支援が進む中、現場では“言いっぱなし聞きっぱなし”の同僚間の愚痴のこぼし合いが相互扶助となって、ストレス反応が出ていたり気がかりだった職員達も、徐々に落ち着きを取り戻してきた様子でした。一方で、重症化した患者さんの治療やケアにあたっていた職員の中には、短期間に多くの患者さんを看取る体験が続き、「自分達は本当にこれで良かったのだろうか」と吐露する者も出ていました。看取りに伴う未消化な感情は、日々の業務への影響だけでなく、バーンアウトにも繋がりかねない重要な課題です。こうした体験を共に振り返り、今後の医療やケアの質向上に繋げていく方法(デスカンファレンス)もあることを情報提供し、その実施にあたってはチームでも協力をしてきました。

 そして、「緊急事態宣言」が解除され、第一波が収束へと向かい始めた頃、受け入れ患者数の減少に伴い、現場には物理的なゆとりが見られるようになってきました。精神の健康は肉体の健康の上に成り立つものです。チームからは、この時期に職員が休息をしっかり取れるよう、シフトの見直しや積極的な休暇取得をすすめていきました。

 その後は、第二、第三…と、感染の波を繰り返す中、定期的に現場をラウンドし、意見箱の投書を回収しながら、職員への声掛けや御用聞きを行い、得た情報をチームの定期ミーティングで共有し、課題があればそれに対する支援(例えば、個別面談、管理職へのコンサルテーション、幹部や関係部門への情報共有や提言、など)を講じていくことが、チームの活動の柱となっていきました。ミーティングの内容は議事録に残し、幹部への報告と共に、職員誰もが閲覧できるように公開しています。

 そして、ちょうど第三波を迎える頃、院内には、「また専用病床を増やすのだろうか」「また配置転換や業務変更があるのだろうか」といった不安や心配の声が聞こえていました。実際、その直後、都からの強い要請に応じて病棟再編が行われ、運営方針や組織体制は方向転換し、それに連動するように意見箱の投書数も増加しました。重症例の増加や人員不足による負担増や加重労働、配置転換に伴う人間関係の変化、医療従事者としての倫理感や使命感と現実のギャップ、長引くコロナ対応への疲弊や不全感など、どれも切実な内容でした。チームでは、心身の健康を損なうだけでなく離職やバーンアウトにも繋がりかねない深刻な状況だと考え、重点的ケアとして、「心の健康診断(ストレスチェックと個別面談)」を当該病棟へ提案、実施しました。これによって職員の負担が増えぬよう、管理者と入念に調整を行い、勤務時間内に実施できるよう配慮しました。参加は任意とし、実施後は、必要があれば受診や継続的な支援に繋いだり、ストレスチェックの結果は統計的に処理し、部署ごとの傾向や課題をまとめ、その後の支援に活用していきました。この「心の健康診断」は第四波、第五波まで続きました。

 

コロナ禍ゆえの職員メンタルヘルス支援の課題や難しさ/おわりに:職員メンタルヘルス支援とは何か

はじめに/COVID-19対応職員心理支援チームの発足
チームの活動内容とその変遷
コロナ禍ゆえの職員メンタルヘルス支援の課題や難しさ/おわりに:職員メンタルヘルス支援とは何か

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