公益財団法人東京都保健医療公社 豊島病院 菊岡 藤香 コロナ禍ゆえの職員メンタルヘルス支援の課題や難しさ支援活動を行う中で、私達はいくつかの課題や困難を感じてきました。その一つが、「情報共有の難しさ」です。未知の感染症に翻弄され、行政からの情報や指示は日々流動し、正確な情報収集に幹部は手を焼いていました。曖昧な情報は混乱や不安を引き起こし、情報量は心の負担に影響します。どの情報をいつどのように職員へ周知するか、管理者として慎重になるのは無理からぬことです。一方、現場では、情報がなかなか降りてこないこと、降りてきてもそれが二転三転したり、部署によって情報に差異があることなどに、強いストレスを感じていました。チームでは、幹部の立場にも理解を示した上で、アウトラインや見通しだけでも早期に全職員と共有すること、現場の実情にあった伝達方法を選ぶことなど、職員のメンタルヘルスを損なわせないための最低限の情報共有のあり方について、助言しました。この未知の感染症ゆえの困難を直接解決する方法は見当たりませんが、情報共有を巡り組織内で生じている現象を大所高所から捉え、幹部と現場の関係性に対して支援することは可能であり、それが第三者的立場にあるチームの役目ではないかと考えています。 もう一つは、「感染症には第4の顔がある」ということです。冒頭でお話した通り、当院には、感染症医療だけでなく、他の行政的医療から地域医療支援病院としての機能まで、多様な役割が期待されています。従来の病院機能を維持しながらCOVID-19にも対応していくには、全職員の力が必要です。COVID-19に直接従事していなくても、職員は自分の持ち場で与えられた役割を全うすることでCOVID-19に間接従事しており、病院が一つのチームとなり同じ目標(COVID-19対応の最前線に立つ医療現場としての使命を果たす)に向かって尽力しているのです。しかし、同じ組織で働いていても、幹部と現場、管理者と被管理者、COVID-19対応病棟と一般病棟では、立場や役割の違いから見える世界や体験が異なり、意識や考えには違いが生じてきます。また、同じCOVID-19対応病棟でも、常時専用病床がある病棟と感染の波に応じて専用病床が増減する病棟とでは違いが出てきます。こうした“違い”は組織内の軋轢を生み、「同じ組織目標に向かい尽力している仲間である」という意識を薄め、チームワークを乱していきます。チームワークは、集団の目標達成だけでなく、一人一人の精神衛生においても重要な因子です。チームでは、チームワークの乱れがもたらす精神衛生上の影響や配慮すべき点などを管理者に啓発し、組織一体感の育む支援をしてきました。COVID-19には、@ウイルスによって引き起こされる「疾病」そのもの、A見えないことや治療法が確立されていないことでの「不安や恐れ」、B不安や恐怖が生み出す「差別・偏見」という、3つの感染症の顔があると言われています2)。同じ組織で働いているにも関わらず共通意識をもつことが困難になってくるという「組織一体感の崩壊」は、これらに続く“第4の感染症の顔”と言えるのではないでしょうか。この“第4の感染症の顔”の出現を防ぎ、組織チームワークを醸成・維持していくこと。これもまた、コロナ禍ならではの課題ではないかと考えています。 そして三つ目は、「収束が見えないこと」です。職員は、感染の波に応じて、働く環境や業務内容、人間関係が変化することを、?年にわたって絶え間なく求められています。“変化”は大きなストレス因子です。いつになっても収束が見えず、全ては感染の波次第。こうした見通しの立たない不安定な状況にあり続けること自体が、何より職員のメンタルヘルスを損なう要因であることは明白です。医療従事者としての責務から、自ら生活行動範囲を制限し、十分なストレス発散もできない中、どんなに頑張っても終わりは見えず報われない努力。その虚しさや途方もない無力感は蓄積した心身疲弊と相まって、水面下にあった人間関係のもつれを顕在化させたり、職員ひとりひとりの心のゆとりを奪っているように感じます。そしてこれは、先に述べた“第4の感染症の顔(組織の一体感の崩壊)”にも影響しているのだと思います。一国民として、医療現場の職員メンタルヘルス支援に携わる者として、一日も早い終息を願うばかりです。 おわりに:職員メンタルヘルス支援とは何か私は、様々な職員メンタルヘルス支援に携わってきましたが、時折、「職員メンタルヘルス支援とは何だろう」と考えることがあります。これまでの経験から思うのは、「職員のメンタルヘルス支援は一部の精神保健スタッフだけで担えるものではなく、その組織に属する者ひとりひとりを思いやる心や優しさによって支えられているものなのではないだろうか」ということです。そしてそれは、コロナ禍のような危機的状況になるほど浮き彫りになるということも、本支援を通じて改めて感じています。かつて阪神淡路大地震災で、ご自身も被災者でありながら精神科医師として被災地を奔走し、手探りで心のケアについて考えてこられた安克昌先生は、「心の傷を癒すということは、精神医学や心理学に任せてすむことではない。それは社会のあり方として、今を生きる私たち全員に問われていることなのである」3)と語っています。この言葉には、災害支援に限らない、職場におけるメンタルヘルス支援にも共通する重要なエッセンスが込められているように、私には思えてならないのです。
参考文献
はじめに/COVID-19対応職員心理支援チームの発足 |
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