武蔵野大学人間科学部 中島聡美 3.あいまいな喪失を見る視点とそれを踏まえた支援Bossは、最初に行方不明者の家族の支援を行ったときに、あいまいな喪失を解決することが重要だと考えていたが、実際に話を聞く中でそうではないことに気づいたと述べている1)。実際、行方不明や認知症などのあいまいな喪失状況を物理的に終結させることは不可能であり、その結果、家族が心理的にもそれが解決したと納得することも困難なことである。終結させるということはその一縷の希望を捨てることである。著者らは2012年にミネソタ大学にBossを尋ね、東日本大震災における事例を提示し、その支援について意見を聞いたがそのときのBossの回答は衝撃的なものであった。津波で行方不明になった片親の死を認めない子どもに家族が困惑している状況について、Bossは一言「その子が正しいのです」と述べた。著者は、それこそ目からうろこが落ちる思いでその言葉を聞いた。確かにその子どもは正しい。なぜならば親は見つかっていないのだから、その死を確証するものはなにもない。死んだとすることのほうが客観的にも間違っているのである。重要なのはその先であった、Bossは次のように述べた。「あいまいな喪失は解決することができないし、私たちは状況を変えることはできません。だから、それに耐えられるレジリエンス(resilience)を高めることが必要なのです」。 あいまいな喪失という圧倒するようなストレス状況の中で、自分の人生を前に進めるには強いレジリエンスが必要であり、それは個人だけでなく、家族、コミュニティレベルのレジリエンスを動員する必要がある。Bossは、セラピストが支援をする中で念頭におくべき以下の6つのガイドラインを示している2):@意味を見つける、A支配感を調整する、 Bアイデンティティーの再構築、C両価的な感情を正常なものとみなす、D新しい愛着の形を見つける、E希望を見出す。 このガイドラインの最初のステップで特に重要なのは、この状況に名前を付け、問題を外在化することである。あいまいな喪失状況にある人は、苦痛を感じながらもどこに問題があるのかわからず、時に自分の弱さや能力の問題でないかと罪責感に苦しむ。この問題の要因は、「あいまいな喪失」という状況にあるということを理解することで、人々は、現在の状況は、自分達のせいではなく、一般化できる大きなストレス要因によるものであり、そのこと自体を解決することは困難であるという意味づけができるようになる。このような意味づけによって、この状況に耐えられるようにレジリエンスを高めるという手がかりをつかむことができる。 また、レジリエンスを高める上で重要なものとして、“Aでもあり、Bでもあるという考え方(the both/and thinking) ” がある。人は、行方不明の状況に対して、生きているのか死んでいるのかという二者択一の考え方をしようとするが、実際にはそれは確証できないことであり、“亡くなっている可能性は高いが、生きている可能性も否定できない” という考え方を持つことは、強すぎる支配感を緩和する上でも役立つ。 Bossは実際にこのガイドラインを用いて、アメリカ同時多発テロ事件で倒壊したワールドトレードセンターにいたために行方不明になったビル管理会社社員の家族に対して、複数家族ミーティングによる介入を行っている7)。この家族ミーティングは事件から32日後に開催され、24の家族が参加した。最初は家族単位でセラピストがあいまいな喪失についての情報を提供し、ガイドラインに基づいて家族構成員が話し合えるようにした。そのあとで、一つの広間に家族たちが集まり、様々な文化や年代の人々が体験を共有し、思いを語り合う中で、この困難を「乗り越える」必要はなく、喪失やグリーフを抱えながら生きていくことを理解するようになった。この家族達はその後、セラピストなしでも集まり様々な活動を行うようになったと書かれている。家族ミーティングは、個人、家族、コミュニティのレジリエンスを高め、希望を見いたす上で大きな役割を果たしたのである。
1.はじめに−あいまいな喪失とは? |
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