国立精神・神経医療研究センター 精神保健研究所 はじめに2024年の始まりは、元日に北陸地方を襲った大地震、翌日には羽田空港での飛行機事故と、実に痛ましい出来事が続いた。最大震度7の揺れと津波が観測された大地震は、名称を「令和6年能登半島地震」と定められ、1月下旬時点で2万棟以上の家屋被害と230名以上の犠牲者が確認され、輪島の朝市では大規模な火災も発生し、店舗や住宅など約200棟が焼失したとみられている。 多くの被災者が災害や避難に伴う大きなストレスを受けることになることから、報道やニュースサイトでは、住民へのこころのケアの重要性を訴える記事が発災直後から散見された。身体だけではなく、こころへの手当も必要であるという考え方が浸透しつつあることが窺える。とはいえ、こころのケアが必要だという言及はあるものの、それがどのようなケアであるのか、という点についてはあまり触れられていなかったように思われる。おそらく記事を読んだ一般の方の多くは、精神科医や心理職等によるケアを想像し、そうした専門家が早く現地に駆けつけてくれることを願ったのではないだろうか。 しかしWHOが推計する災害後12ヶ月間の有病率をみると、平時と比べて重度の精神障害は1%未満の増加、軽度・中度の精神障害でも10%ほどの増加であることから[i]、専門性を活かした医療の対象となるのは、新規に精神科医療が必要になった方々というよりも、すでに精神障害をお持ちの方々が中心ということになる。一方で精神障害ではない心理的苦痛は90%にも及ぶ可能性があると推測されており、それこそが一般住民に対して想定されているこころのケアにあたるということになるだろう。 では、治療を要しない大多数の方々の心理的苦痛に対して、どのように支援すべきなのか。その方法として災害関連のガイドラインや多くの国際機関によって推奨されているのが、サイコロジカル・ファーストエイド(PFA)である。
1.サイコロジカル・ファーストエイド(PFA)PFAは、災害や事故、事件、テロといった危機的出来事が起こった直後に、深刻なストレス状況にある被災者や被害者の苦痛を軽減し、長期的な適応機能を促進するような支援方法である。PFAが危機的状況下のこころのケアとして注目が集まるようになった背景には、PFAがDo No Harmの原則に従い、被災者に危害を加えないような支援をしようとする考え方に基づいていることが挙げられる。悪意がなくても被災者を傷つけてしまうことがある。例えば心理的ディブリーフィング[ii]は、発災直後に被災者に集まってもらい、危機的出来事に対して感じた恐怖や苦しみを吐き出すことで心的外傷後ストレス障害(PTSD)を予防するといった支援方法であるが、現在では心理的ディブリーフィングには自然回復を妨げてしまう可能性があることがわかっており、多くの国際機関は心理的ディブリーフィングを推奨していない。 では自然回復を妨げないために何もせずに被災者を放置した方が良いのかといえば、そうではない。社会的支援の不足感や生活のストレスは、PTSD発症のリスク要因にもなるため、適切なサポートは必要である[iii]。ゆえに初期対応においては、社会的支援つまり周囲の人々による物質的・心理的支援は重要であり、その支援方法をまとめたのがPFAである。
はじめに/1.サイコロジカル・ファーストエイド(PFA) |
|||||||