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こころの健康シリーズ\ 現代の災害とメンタルヘルス

No.8 サイコロジカル・ファーストエイドについての
一般の人々の理解を深めるための解説

国立精神・神経医療研究センター 精神保健研究所
行動医学研究部 災害等支援研究室 室長 大沼麻実


2.PFAの概要と活動原則

 PFAのガイドラインは20以上存在しているが[iv]、基本的な考え方に相違はなく、安全の確保やニーズを満たすための実用的支援、大切な人とのつながりを確保することなどが主な内容となっている。本稿で紹介する世界保健機構(World Health Organization; WHO)が中心となって作成した「心理的応急処置(サイコロジカル・ファーストエイド:PFA)フィールド・ガイド[v]」(以下、WHO版PFA)もその例外ではなく、PFAの基本的な考え方に基づきつつ、専門家によるコンセンサスを確保するためのデルファイ法の手続きを踏んだ上で作成されている。

 また、危機的出来事への反応は人それぞれに非常に異なり、個人的な心身の健康やストレスに対処できる環境が整っているのかといったことにも左右され、さらには災害自体だけではなくその後の避難生活や人との関わりも大きなストレス要因となりうる。そのため、個々人の持つ自然な回復力を意味するレジリエンス(Resilience)に働きかけ、自分自身をコントロールできているという感覚や自己効力感などを取り戻せるように支援することが欠かせない。WHO版PFAではそうしたレジリエンスを支える支援方法が盛り込まれており、精神的なケアの知識に必ずしも明るくない職種でも読みやすいように書かれているという特徴がある。

 WHO版PFAは2024年1月現在で36ヶ国語に翻訳されているが、日本では2011年のリリースと同時に翻訳作業を開始し2012年に公開している。同年には研修プログラムも導入し、実技を伴う1日研修会や、1?2時間の座学を中心とした講演会の形で普及活動を行なっており、コロナ禍にはオンライン講習も行うなど、すべてあわせると日本では2万人を超えた受講者数となっている。受講するのは、医療従事者だけではなく、省庁や自治体の職員、警察や消防署員、自衛隊員、航空会社や放送局に勤める方々など様々である。それだけこころのケアが必要とされる場面も、また被災地支援を担う職種も多様ということの裏付けであろう。

 様々なバックグラウンドを持つ者同士が一堂に介して支援を行う際に、被災者のこころを傷つけずにどのように活動ができるのか。職務の専門外のことを学ぶのは時間も要するためにハードルが高くなってしまうが、WHO版PFAのガイドラインはご覧いただくとわかるようにイラストが多く含まれ、活動原則も「準備(Prepare)」、「見る(Look)」、「聞く(Listen)」、「つなぐ(Link)」と非常にシンプルでわかりやすく書かれている。

表1.PFA活動原則

(WHOほか、2011)

 PFAの対象は、重大な危機的出来事にあったばかりで苦しんでいる人々だが、PFAによる支援を望まない人には決して無理強いはしないことが肝要である。こころのケアを押し付けることでストレスを与えないようにしなければならないが、支援が必要な際には手を差し伸べられるように情報伝達を行うなど、社会的に孤立させないことは重要である。

 PFAのタイミングとしては、基本的には発災直後をイメージするとわかりやすい。むろん道路状況や危険が続いているために現地に入れないなどの事情があれば、数日後、数週間後に支援が可能になるということもあるだろう。場所を問わず安全が確保された場所であればどこでも行うことができるが、プライバシーへの配慮と同時に、年齢や性別なども考慮し、客観的に見て相手の尊厳が守られた場所であるかどうかも確認が必要である。

(1)準備(Prepare)

 「準備(prepare)」では、現地に入る前に、できる限り現地の安全状況や出来事の概要について調べることが推奨される。出来事の種類や巻き込まれた方の年齢層や性別などの情報、すでにどのような組織・団体が入っており、基本的ニーズに関わる物資がどの程度届いているのかといった情報は、必要な支援の把握に役立つ。また道路状況や立ち入り禁止区域についても確認し、救助活動や他の支援を妨げないことも求められる。

(2)見る(Look)

 「見る(Look)」では、現地に入った際、実際に支援を始める前に、現場の安全や、準備の段階で調べた状況と実際との違いをまず見て確認をする。さらに、緊急に医療が必要な重症者や、自分から支援を求めることが難しく手助けが必要な方、ひどく動揺して動けなくなっているなど深刻なストレス反応を示す方がいないかどうかの確認を行う。ストレス反応として、震えや興奮状態が治らないなどの身体症状だけではなく、他の人を助けられず自分は生き残っているということに対する生存者特有のサバイバーズ・ギルトと呼ばれるような罪悪感に苛まれることもある。一方で、感情が麻痺し、現実感を喪失したような場合には、解離と呼ばれるような状態にある可能性もあり、一見落ち着いているように見える場合であっても注意が必要である。とはいえ、一般的にはこうしたストレス反応は、PFAのような周囲からの心理社会的支援が十分に受けられ、基本的なニーズが満たされるようになってくると、危機的な状況が沈静化する中で次第に回復する傾向にある。だが一部には、苦痛が改善されず長期化してしまったり、災害以前からの精神的問題が悪化するようなケースでは、救急医療対応が必要になることもあるため、他の支援との連携も視野に入れて活動することが望まれる。

(3)聞く(Listen)

 「聞く(Listen)」は、支援が必要と思われる方とのコミュニケーションにおいて、相手にストレスや苦痛を与えないような声の掛け方やニーズの尋ね方に関するパートである。話しかける際には、突然の大声で驚かせることがないよう穏やかな声で話しかけ、所属と名前といった自己紹介から始める。話すことを無理強いしたり急かしたりはせず、プライバシーの保護に気をつけ、勝手な思い込みによる言動や価値判断をしない態度が求められる。

 医療従事者は、患者さんには共感を示すことが大切だと学ぶ機会も多いと思われるが、災害時は平時の治療関係とは異なり、共感の仕方によっては相手を傷つける可能性もある。被災者に寄り添う姿勢は大事であるものの、辛さや苦しみを理解したような発言や態度は避け、静かに寄り添うことや傾聴だけでも十分ということもある。

(4)つなぐ(Link)

 「つなぐ(Link)」では、被災者が自分自身や身の回りのことへのコントロール感を取り戻せるように支援することが目指される。つなぐという響きから、他の支援先に結びつけるイメージが先行しがちだが、自分の問題に被災者が対処できる力を取り戻せるように手助けすることも非常に重要となる。そのために、基本的ニーズの充足、必要なサービスや社会的支援が受けられるようにすること、情報提供、大切な人と連絡をとれるようにすることなどが求められる。情報提供で注意が必要なのはデマの拡散である。SNSの発展は、屋上に取り残された集団や孤立した集落から助けを求める声を一気に拡散させるといった活用がみられる一方で、今回の能登半島地震の際にもあったように、故意に嘘の情報を紛れ込ませるケースもあり、実際に支援に向かうと書かれていたような事実はなかったり、そもそも住居が存在していなかったりするなど、現場の混乱を引き起こすことにもなった。

 玉石混交の情報社会の中にあって、支援者から発する情報には少なくとも正確性が求められる。故意についた嘘ではなくとも、支援者による不正確な情報が実現しなかった際には、より大きな失望や不信感にもつながりかねない。たとえ被災者を元気づけるための情報であったとしても、出所のわからない噂レベルの話の拡散は避けるべきであり、情報を提供する際には情報元を表記するといったことが被災者の安心にも結びつく。

 

3.支援者自身のケア

はじめに/1.サイコロジカル・ファーストエイド(PFA)
2.PFAの概要と活動原則
3.支援者自身のケア
おわりに

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