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No.8 子ども虐待と家族支援

東京都児童相談センター治療指導課長 犬塚峰子


虐待問題を抱える家族への支援

地域での支援
虐待のリスクは背景にあるストレスや葛藤が一つでも解消されれば弱まり、早期に対応できれば発生予防につながります。 まずは「家族の孤立を和らげる」ために地域で支える体制をつくることです。 虐待にいたる親の多くは安心感を持ちにくく自信を失い、自分を責め、孤立感や無力感を抱えています。 自ら助けを求められないことも多いため、身近にいる支援者(保健師、児童家庭支援センター、民生・児童委員など)が、家庭訪問などを行って相談に応じ、「実家」のような役割を担っていきます。 そうやって育んだ信頼関係を軸に、「経済的問題や夫婦不和やDVなどの家族ストレスを軽減する」方法を一緒に探っていき、関係機関の支援へつなげ、地域で支援ネットを形作っていきます。 保育所や学童保育や育児ヘルパーの利用などは、子育ての負担を軽減し、子どもに安全な場を提供することになり有効です。 親に少しでも余裕ができた段階で、「子育てがうまくいかないこと」(虐待行為)への支援に取りかかり、必要に応じて親や子どもや親子関係に対する支援・治療につなげていきます。 病気や障害についてはそれに応じた対応策が必要となります。

緊急に子どもを保護する必要のある場合や、虐待の子どもの心身への影響が深刻であると判断された場合は、児童相談所に通告します。 児童相談所が受理した虐待ケースのうち、施設への入所などにより親子分離となるのは1割強です。 大部分はアセスメントに基づいた支援プランを共有して、児童相談所を中心とした関係機関のネットで支えながら、地域で家族全員を視野にいれた支援を続け、子どもの成長を見守っていくことになります。

親への支援・治療
虐待をする親の中には、親から愛されたという経験に乏しく、虐待的環境の中で育ってきた人がいます。 子どもを育てるという行為が、それまで忘れていた過去の親とのつらかった体験を想起させ「自分が子どもの頃はこの子のように笑うこともできなかったと思うとうらやましくて許せない気持ちになる」など、激しい怒りを子どもにぶつけてしまい、自分を責めながらもやめられない状態に陥ることがあります。 幼い頃に親に護られず大切にされなかったことから生じた無力感や自己評価の低さは、子どもを自分と対等な大人のように感じさせます。 泣きやまない行動を「親をばかにしている」と被害的に捉えたり、子どもを大人のように頼りにして、親の気持ちを察して応えることができるのに「わざとしない」と捉えるような認知のゆがみを生じさせます。 また外傷体験由来の精神症状(PTSD、解離、抑うつなど)を抱え、精神医学的な治療が必要な場合もあります。

こういった問題を抱えている親に対して、「虐待のない子育てが可能になり親子関係を改善する」という目標を達成するためには、どんな支援・治療が有効なのでしょうか。 「自分が育てられたように育ててしまう」親に対して、子育て知識や技術を教える行動療法的教育的なレベルのアプローチがあります。 アメリカでは、子育て教育プログラムが虐待をした親の支援に有効性を持つものとして評価され、日本でも欧米のプログラムが紹介され実践されています。 そのほかに現実的な対人関係を改善することや認知のゆがみに気づくことや過去の被虐待体験などを言葉で表現することを促す様々な支援・治療が個別やグループで提供されていますが、まだ受け皿は少ないのが現状です。 支援・治療の場が「安心できる居場所」になり、支援・治療者と「安心できる関係」を体験すること自体が、親の子育てを適切なものにするといわれています。 その中の一つに、民間団体や保健所で実施されている自助グループ的色彩を持つ母親グループがあります。 自分を責めながら大切なわが子を傷つけることをやめられない母親に対して、自分は一人ではないと感じさせる仲間と、安心して苦しい胸のうちを自由に話し、自分の本当の気持ちや子ども時代の体験(被虐待体験など)に気づいていく場を提供し、虐待行為を減らすことに効果をあげています。


子どもと親子関係への支援・治療
虐待問題を抱える家族への支援の最終目標は、「親と子どもとのよい関係を通じて愛着の絆を形成すること」、それにより「子どもの心に人格の基礎である安心感、信頼感、自己肯定感(自分は大切な存在)を育むこと」です。 虐待を受けた子どもが困難な状況にもかかわらずうまく適応していくことのできる要因(防御因子)の研究において、愛着関係が樹立されていることが強力な防御因子となることが明らかにされています。

不適切な養育をする親と、その影響を受けて情緒的に混乱し無表情で関わりをもてない子どもとの間には悪循環が形成されています。 その場合、愛着関係を改善するためには、親の支援・治療だけではうまくいかず、子どもの支援・治療や親子を対象とした親子の相互作用への治療的アプローチ(親子グループ、親-乳幼児(児童)精神療法、修復的愛着療法など)を行うことが必要です。 親-乳幼児(児童)精神療法では、親子のやり取りを目の前で観察しながら親子のコミュニケーションのずれの意味を把握し、親が子どもに重ね合わせている否定的イメージ(親自身の愛着をめぐる葛藤)のありかに気づいていけるように援助していき、親の健全な養育能力を引出していきます。 支援を受けても親が子どもと向き合えない場合は、身近にいる他の大人と持続的な信頼と安心の関係をつくれるように環境を整えることが必要です。 そういう情緒的な支持を与えてくれる大人との出会いは、子どものその後の適応をよくするといわれています。 また、外傷体験からの回復には個別の心理治療が有効です。

児童相談所での介入による支援
虐待問題を抱える家族への支援の困難さは、虐待行為を否認し行為の有害さに気づくことのできない親の存在にあります。 児童相談所は児童福祉法に基づいて、親の意に反しての調査(立ち入り調査)や子どもの分離(一時保護)などの介入機能を使い、虐待への直面化を図りながら親と支援関係を作っていきます。 前述の東京都の調査によると、介入の時点では虐待者のうち44%(実母の40%、実父の58%)は虐待を認めていませんでした。 虐待を認めない親の理由は様々です。 共感能力が乏しい重い人格障害や統合失調症などの精神疾患を背景として偏った信念を持っている場合、自らの被虐待体験が否認されているため、自分がされたように子どもにしてもその行為を虐待とは認知できない場合や現実感をもてない場合、あるいは忘れてしまう場合(解離性健忘)もあります。 自身も体罰を受けて育ち、虐待をしつけと称し体罰の有効性を主張する場合や、権威を保つために家族に力を行使することを正当化する価値観に基づいている場合もあります。 親が子どもと強い一体感を有しているがゆえに客観的できていない場合もあり、子どもと離れてはじめてその行為の有害さに気づくこともあります。 在宅では虐待的関係の修復が困難と判断された場合は、子どもは乳児院や児童擁護施設等の入所や里親委託となります。 親の同意が得られない場合は、家庭裁判所の承認を得て施設入所の措置をとります。

この時に、家族再統合に向けた治療プログラムを提供できないと、親は自尊心の傷つきや喪失感などから怒りを児童相談所に向け続け、虐待への気づきや行為の修正を促すことは困難となります。 子どもも虐待を否認し親を慕うことも多いため、見捨てられ感や無力感を抱えたまま放置されてしまいます。 強制介入や親子分離を家族支援の一環として位置づけ、分離後ももう一度家族一緒に暮らせることを目指した家族支援を、施設などでの子どもの治療と連携しながら続けることが必要です。 その取り組みが今始まっています。

虐待的な子育てが改善されず一緒に暮らすことが無理という結論に達する場合でも、家族支援の中で子どもの現実的認知が可能になって、離れて生活することを自ら選ぶことができ、親も自分の子育ての限界を受け入れて、分離のまま施設などと協力して子育てをすることを選ぶことができればこれも虐待問題の一つの解決です。 もちろんその場合、施設などの生活が子どもの安心できる居場所となって人格の基礎を育むことができ、虐待の傷から回復することができてはじめて解決といえますので、社会的養護の充実が必要です。

おわりに

虐待の社会問題化-子どもの人権という観点から
子ども虐待とは
虐待を生じさせる家族の要因
虐待問題を抱える家族への支援
おわりに

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