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こころの健康シリーズ\ 現代の災害とメンタルヘルス

No.3 コロナ禍が社会全体のメンタルヘルスに
及ぼした影響とその対策

東北大学災害科学国際研究所 災害精神医学分野 國井泰人


2.コロナ禍におけるメンタルヘルスの実態

 コロナ禍は急速な医療逼迫の状況や社会経済への深刻な影響などの懸念から災害レベルであるとされたが、パンデミックによる災害は、CBRNE(chemical, biological, radiological,nuclear, high-yield explosives; 化学・生物・放射線物質・核・高性能爆発物)災害に分類される。CBRNE災害は地震や水害、台風等の自然災害と比べ、五感で感知することができず不確定な要素が多いため、不安や恐怖が強まりやすく、はるかに大きな社会的混乱を引き起こすと考えられている。コロナ禍初期である2020年5月にはすでに国連及びWHOから、うつ病、依存症、DV、自殺などの急増や子どもの精神発達への影響などを危惧する声明が相次いで出されたが、残念ながらそれらの懸念は現実のものとなった。

 慢性ストレスが続く状況下では、うつ病などの精神疾患の発症リスクを高め、既存の精神症状を増悪させることは良く知られている。コロナ禍では世界的に不安障害、うつ病の大幅な増加が認められた。OECDのメンタルヘルスに関する国際調査の結果1)では、うつ病症状を有する日本人の割合は、コロナ禍前(2013年調査)の7.9%に対し、2020年では17.3%と2.2倍に増加し、米国ではうつ症状、不安症状はそれぞれ、6.6%から23.5%(3.6倍)、8.2%から30.8%(3.8倍)に急増していた。また、2020年1月1日から2021年1月29日の間に発表されたデータの系統的レビューとメタ回帰分析でコロナ禍前後での有病率の変化を推定した報告2)では、コロナ禍により世界で5300万例の大うつ病、7620万例の不安障害が新たに増えたと見積もられている。これらを背景に、2020年、日本では自殺者数が11年ぶりに増加し、特に若い世代、女性において顕著だった3)。2021年以降では自殺者の総数はわずかに減少したものの高い水準に留まっている。コロナ禍で増加した日本の自殺について、その理由を厚労省の全国データを用いて解析した報告4)によると、男性では仕事についてのストレスが関連しており、コロナ禍の経済影響が関与していることが示唆され、女性では失職、介護負担、健康問題が関連しており、休校、在宅勤務、介護負担の増加、医療サービス利用の制限が関与していることが示唆された。

 日本精神神経学会を含む関連5学会のメンタルヘルス対策指針5)及び日本脳科学関連学会連合の緊急提言6)では、コロナ禍においてメンタルヘルスへの影響が大きいと考えられるハイリスク者として、1)COVID-19罹患者とその関係者、2)医療従事者等、3)子ども、4)高齢者、5)女性、特に妊産婦、6)学生、7)精神疾患を有する人、等が挙げられている。その第一はCOVID-19の罹患者であり、特にその流行初期には、治療法の確立していない未知のウイルス感染症に罹患するという不安と恐怖の中、隔離下に置かれるという状況は急性の大きなストレスとなるトラウマ体験であった。また、コロナ禍初期には罹患者やその家族などに対するスティグマが高じて、激しい誹謗中傷がインターネットを中心に溢れた。米国の6900万人の電子健康記録を分析した研究によれば7)、COVID-19の罹患者の5人に1人は診断から90日以内に、不安障害、うつ病などの精神疾患を発症し、インフルエンザなど他の呼吸器感染症等と比較すると、新型コロナ感染者は2倍近く精神疾患と診断される可能性があるとされており、この感染症の罹患者が受ける強いストレスが示唆された。半年以上のより長期的な影響をみた米国退役軍人省のヘルスケアデータベースを用いた調査8)でも、COVID-19陽性群では不安症、うつ病、ストレス障害、物質使用障害、神経認知障害、睡眠障害の発症リスクが上がっており、入院治療が不要であった場合においても、中長期的にリスク上昇することが示されている。

 波状的な感染拡大を繰り返す中で逼迫する医療現場で最前線に立った医療従事者のメンタルへスへの影響も深刻であった。罹患者と同様、感染拡大初期にはスティグマに晒されたほか、限られた資源や情報の中でこの感染症の診療に当たることで道徳的負傷(moralinjury)9)を起こしやすく、燃え尽き症候群(burnout)や代理受傷/共感性疲労(vicarioustraumatization)10)の問題も懸念された。コロナ禍における医療従事者のメンタルヘルスへの影響に関しては膨大な数の報告があるが、初期の系統的レビューでは、不安症状、うつ症状、睡眠問題、心理的苦痛を呈する者の割合の中央値はそれぞれ24%、21%、37%、37%であり、医療従事者の5人に1人が不安やうつ病症状を経験しているという結果であった11)

 また、コロナ禍においては子どもの精神発達への影響も軽視できない。感染状況により断続的に実施された休園や休校及び分散登校などでは、規則正しい生活リズム、学習、運動、社会経験を養う機会等が失われ、発達期に必要不可欠な体験が大きく損なわれた。休校による小中学生のメンタルヘルスへの影響を調査した中国の研究では、コロナ禍前と比べ、うつ症状、自傷行為、希死念慮、自殺企図のいずれも3か月の休校後の学校再開後に高いという結果が示された12)。米国の思春期世代(12〜21歳)約7万人の電子カルテの調査でも、うつ病症状及び自殺リスクがそれぞれ増加し、増加は女子でより大きかった13)。一方、コロナ禍が乳幼児の精神神経発達に影響を与えるのかを検討した米国の研究14)では、生後6ヶ月の精神神経発達は母体のコロナ感染の有無には関連がなく、コロナ禍中の出産と関連があるという驚くべき結果であり、コロナ禍に出生した子どもたちを長期的に観察する必要性が示唆されている。

 代表的な災害時要支援者である高齢者と女性もコロナ禍でのメンタルヘルスの悪化が懸念された。高齢者では、デジタルリテラシーに格差が大きくアクセス可能な情報源が限られていることもあり、社会的孤立に陥りやすい。コロナ禍で保健福祉サービスが縮小することで、活動量の低下や認知機能の低下につながったり、うつ状態などの心身不調が見逃されやすいというリスクもあった。女性では、コロナ禍に伴う社会状況の変化で、在宅で子どもの世話や介護等の役割が集中したり、外出自粛や家庭内ストレスの高まりを背景にDV被害を受けるリスクが高まった。妊産婦では平時においても妊娠中や出産直後は内分泌学的な変化に加え、体重増加等による身体的な負担が大きく、慢性的なストレス状態にあり、うつ病など精神疾患の発症や再発・増悪が生じやすい。また、特殊な免疫寛容状態にあるため、肺炎が重篤化しやすいとされる妊婦にとって感染症への不安は極めて大きい。さらに、特に感染拡大初期に妊婦感染時の胎児への影響の情報が少なく、重篤化に際し使用可能な治療薬や感染妊婦を診療できる施設も限られていた。これらの結果生じる感染への不安・恐怖に加え、感染拡大防止対策のために、母親教室の中止や里帰り分娩の制限など通常の診療・支援が減少していることによる不安も大きかった。

 今回のコロナ禍の特徴として、大学生のメンタルヘルスの悪化も目立った。大学の休校やオンライン授業の導入、課外活動の制限等によって孤立感を強める学生が特に都市部で目立ち、入学してから一度もキャンパスに入っていないコロナ禍初期の新入生で顕著であった。飲食店の時短や休業要請でアルバイトができなくなったり、親の収入の減少が影響したりして、中には経済的理由から大学を退学せざるを得ない者もいた。2021年3〜4月に実施された東北大学全学生を対象にしたオンラインアンケート調査では、27.3%に中等度以上の抑うつ、13.1%に中等度以上の不安が認められ、生活リズムの乱れや経済状況の悪化、相談したいことがあるものの相談できていないことがメンタルヘルス悪化のリスクとして示された。

 そして、元々精神疾患を患う人はストレス脆弱性を有し、メンタルヘルスが悪化しやすい最大のハイリスク者である。特に不安障害患者の不安症状の悪化の報告は多く、中でも強迫性障害患者15)にとってはコロナ禍の状況は強迫症状が悪化しやすい条件が揃っており、症状悪化が目立った。さらに、米国、英国及び韓国におけるナショナルデータベース等を用いた大規模調査16) 17) 18) 19)によって、精神疾患を持つ人々は新型コロナに感染する可能性が高く、さらに感染した場合他の人口群よりも重症化率、死亡率が高いことが示された。その後に行われたメタ解析においても、何らかのメンタルヘルス不調の存在は、COVID-19の死亡リスクの増大と関連(オッズ比[OR]2.00)し、精神病性障害(OR 2.05)、気分障害(OR 1.99)、物質使用障害(OR 1.76)、知的障害および発達障害(OR 1.73)でみられ、その死亡率は、抗精神病薬(OR 3.71)、抗不安薬(OR 2.58)、抗うつ薬(OR2.23)などの特定の薬剤への曝露とも関連していた20)。これらの事実に基づいて、日本でもワクチン接種の優先順位の高いリスク群の中に重度の精神疾患が位置づけられた。

 

3.アフターコロナにおけるメンタルヘルスの展望

はじめに
2.コロナ禍におけるメンタルヘルスの実態
3.アフターコロナにおけるメンタルヘルスの展望
4.おわりに−コロナ禍でメンタルヘルスに何が起きたのか

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