兵庫県こころのケアセンター 大澤智子 惨事ストレスの影響惨事ストレスの影響は短期的なものと長期的なものが存在し、直後の典型的な反応には、過覚醒、解離と回避、再体験などがある。どれも災害現場で活動したことがあれば、誰もが経験しうることだ。過覚醒は、人に備わった警報機の感度が高いことで生じる。危険な現場では、この感度が高いことで被災者の急変に気付け、早期の対応が可能になる。また、危険を察知することで自分や仲間、そして、被災者の安全を保障してくれる。つまり、現場では必要不可欠だ。しかし、活動後もこの感度が良すぎるとリラックスすることが難しくなる。なぜなら、感度がいいのは戦闘モードを維持しているからだからだ。その上、リラックスできないと眠りにも影響が出て、疲れが取れなくなってしまい、悪循環となるのだ。 災害救援職に見られる解離は感覚や感情がいいあんばいに麻痺する状態をさす。現場で酷い場面に遭遇しても解離できれば感情的になるのを防いでくれる。また、活動中にケガをしてもその痛みをしばらくの間、感じなくなり、やるべきことを迅速に行うことができるのだ。 再体験は、現場で見聞きしたことが何かのきっかけで急に思い出されることだ。あたかも今、それが起こっているかのように感じる場合は、フラッシュバックと呼ばれる。再体験は夢としても生じるため、眠りの質が落ち、回復に悪影響をもたらすこともある。 回避は、辛いことを思い起こさせるものを避けることだ。ある被災者に関することを語りたがらなくなる。ある場所や物に近寄らなくなる。極端な場合は、絶対忘れるわけがない現場での出来事を思い出せなくなることもある。辛いことが心の真ん中に居座り続けると精神的に疲弊してしまう。それを防ぐための心を守る手段ともいえる。しかし、度が過ぎると報告書に記載しなければならないことを思い出せず、仕事に支障が来すことにもなる。 幸いにも、これらの反応の多くは時間と共に軽快する。自然回復する人が多いが、そのためには普段からのセルフケアが不可欠だ。また、信頼できる人に自分の体験や気持ちを話すことが役に立つこともあるし、身体を動かし発散させることもいいと言われている。大切なのは、自分に合った方法を持ち、積極的に活用することだ。 しかしながら、長期の影響が残ることも知られている。例えば、自責感は経験豊かな救援者の多くにみられる。常に完璧な現場活動ができるわけではない中、人の生き死に関わる仕事をしていれば、自責感を抱くのは当然なのかもしれない。ただ、自責感のレベルには注意が必要だ。健全なレベルである限り、自分を成長させるための原動力となる。例えば、「次の現場ではもっと速く動けるようになりたい。だから、訓練に励もう」「より効果的に救命できるようになるために、勉強をしよう」と。しかし、自責感が強すぎると現場活動が怖くなることもある。「他の人が関わっていたら、あの被災者は救うことができたのではないか。自分が現場に出ることで誰かの命が救えなくなるかもしれない」。このような考え方は救援者を苦しめることになるため注意が必要で、場合によっては専門家の支援を求めるべきかもしれない。 積極的な介入をするかどうかの境目は、業務への支障の度合いだ。影響が受けていても、業務が継続できている場合や現場に出すことに周囲が不安を感じない場合は経過観察でいい。しかし、そうではないケースでは積極的な介入を要する。 とは言え、惨事ストレスの反応を体験していても業務にそれほど大きな影響が出ることは少ない。ただ、すでにストレスが溜まっていたり、体調が悪かったり、別の災害現場で辛い経験をしたばかりだったりするとこれらの反応が一時的に強くなることもある。過去の災害現場の光景が頻繁に思い出されたり、夢に出てきたりすると話す人もいる。時間を味方につけて回復する場合もあれば、専門職の助けが必要になることもある。 目安は、ぐっすり眠れ、ご飯が美味しいと感じられる状態にあるかどうかだ。眠りの質が下がり、食欲がなく、仕事に影響が出始めた状態が一週間前後続いているなら、心療内科や精神科の受診を検討するべきだろう。特に過覚醒の影響で睡眠に支障が出ている人の中には、元々の飲酒習慣から普段よりお酒の量が増えることがある。最初は眠りやすくなったり、リラックスできたりするように感じるが、同じ効果を得るために飲酒量は確実に増える。しかし、飲酒後の睡眠は質が確実に落ちるため、抑うつ状態に陥りやすくなることがある。このような理由からも、眠れない、緊張が緩まないなら、是非とも受診をしてもらいたい。
災害救援組織のおける対策の現状/注意が必要な手法:ディブリーフィング はじめに/災害救援者と惨事ストレス |
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